研究実績の概要 |
本研究では,弱い相互作用を通じて形成される秩序化分子の動的側面に焦点をあてている.複雑かつ精緻に定められた構造を有する秩序化分子は,ウイルスの球殻をはじめとして自然界に見いだされ,その構築原理を模倣することで人工合成が達成されてきている.分子構造という静的な側面からみれば,多様な構造・構成の秩序化分子が合成されてきており,その独自の3次元構造に由来する独特の物性が種々報告されているが,動的側面に焦点をあてた研究は限られており,段階的な分子の集合と離散を伴う秩序化を駆使して分子を構築し,また,その動的な挙動を活用した物性発現をねらうという構想は,国内外の研究に照らして新しい着眼点である. 本年度,数十を超える相互作用がつくり出す多成分錯体を基軸に,その構築過程に動的な秩序形成を組み込むことを目的とし,新たな分子設計を行った.これまでに,折れ曲がった二座の配位子(L)と遷移金属イオン(M)とからMnL2n (n = 6, 12, 24, 30, 60)組成の球状錯体が自己組織化し,そのnの値は配位子の折れ曲がり角度に依存することがわかってきている.今回,C-C,C-N原子間の結合長に着目して配位子を精密設計し,M12L24錯体の構築過程において,M8L16, M9L18錯体(放射光X線回折で構造決定)を経ることを見いだした.本成果は,多成分からなる錯体分子の動的秩序化の過程を実験的に明らかにできた点で重要であり,また,同じ出発物質を用いながらも秩序化条件の違いによって生成物の構造が大きく切り替わる「秩序の相転移」とも呼ぶべき現象を見いだせたことは,自然界にみられる「タンパク質輸送小胞」の特徴の一つを人工系で実現できたと評価でき,極めて重要である.また,高速な回転を示すピーポッド分子に対して,構造化学の手法と理論化学の手法を用いて調べ,その動的挙動の基礎的知見を明らかにできた.
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