計画研究
直径数ナノメートルに及ぶ巨大かつ構造が定まった秩序化分子,M12L24球状錯体は,有機合成の手法によって自由自在な化学修飾が可能である.今回,A03班の加藤晃一グループと共同で,神経細胞膜上でクラスター化して生体機能を司る糖脂質,GM1ガングリオシド,を錯体上に移植できた.GM1糖のクラスターが認識する,アミロイドβなどの凝集性タンパク質は,疎水性の部位があると捕捉され,糖鎖クラスター部分の認識機構が観測できない.そこで,本研究では,GM1ガングリオシドから疎水性部分を切り離し,糖鎖部位のみを配位子に連結して球状錯体を構築する工夫を行った.この錯体合成では,糖鎖部位が遷移帰属イオンを認識しないように,Ca2+イオンを添加し,錯体形成後に除く,という,多段階による動的秩序化を巧みに活用した.この構造が定まった球状の糖鎖クラスターとアミロイドβとを混合しNMRで解析したところ,N末端を選択的に認識することがわかった.また,パーキンソン病の発症に深く関わっているα-シヌクレインタンパク質の認識機構も明らかにできた.生体内で生命活動を担っているパーツを,その生体機能を保ったまま人工分子に組み込んでつくった「サイボーグ超分子」の創製を達成できた.このサイボーグ超分子の概念のもと,M12L24球状錯体を2種類の異なる官能基で化学修飾し,異なる分子認識を1分子に集約した新たなサイボーグ超分子への展開をはかった.すなわち,無機物である酸化チタン表面を認識するペプチドアプタマーと,タンパク質であるストレプトアビジンを認識するビオチンをそれぞれ化学修飾した配位子(L1, L2)を合成し,これらを混合して用いることで,M12(L1)18(L2)6組成の球状錯体を構築した.この分子は,本来は互いに親和性が無い酸化チタンとストレプトアビジンとを強固に架橋接着する独特な機能を示すことを見いだした.
1: 当初の計画以上に進展している
当初に計画した研究目的,研究計画・方法は達成できた.さらに,挑戦的課題であるために発案時には予測し得なかったが,合成分子の構造評価や機能評価を,期待以上の質・高い完成度で達成できた.1. タンパク質輸送小胞を模倣した動的秩序化分子の合成研究に関して,同じ出発物質から異なる多面体骨格をうみだすための分子設計が必要であったが,配位子の折れ曲がり角度を調整するという基本指針はあったものの,具体的にその角度を決定することが難しかった.分子設計と有機合成を互いにフィードバックしながらスクリーニングすることで問題解決に至った.動的秩序化の過程で生じる中間体の分光学的観測・質量分析による追跡に成功し,3次元構造を予測できた.さらに,当初の予測を上回り,捕捉された中間体および最終生成物の構造を,単結晶X線構造解析により明瞭に決定できた.秩序の相転移現象の実証に至り,人工タンパク質輸送小胞の構築を明瞭に描き出せた.2. サイボーグ超分子の合成と生体関連機能の発現の研究に関して,生体由来の希少で分解しやすい糖鎖を用いて出発物質を合成する必要があり,非常に小さなスケールで温和な反応条件を見いだすことに苦労したが,当初の計画通りに研究を展開できた.しかし予想外に,糖鎖を連結した有機配位子とPd2+イオンとの秩序化がうまくいかず,問題が生じた.従来の一段階での秩序化を見直し,多段階の動的秩序化という新手法を考案することで望みの生成物を定量的に得る経路を確立でき,糖鎖クラスターがもつ凝集性タンパク質の選択認識という機能評価へと計画どおり展開できた.凝集性タンパク質は取り扱いが難しかったが,他班の共同研究者らとの密な研究討議を通して,アミノ酸残基レベルでの高分解能な相互作用機序の解明ができた.複数機関からの共同プレスリリースに至り,webニュースで紹介されるなど,社会的な興味もひく研究成果として完成をみた.
今後の研究においては,見いだした特異な動的秩序化現象を理解するための基礎研究に注力する.実験と理論の両面のアプローチを併用することで基盤となる知見を明らかにし,当初の研究計画全体を完了させる.また,人工タンパク質輸送小胞やサイボーグ超分子の発想に基づく分子合成と機能評価の実例を増やす.これまでに生体由来糖鎖を修飾したサイボーグ超分子を構築できているが,新しい種類の官能基修飾など,全く異なる機能性分子を人工分子にハイブリッド化することで,錯体分子上に官能基を密に集積させ,相乗効果によって増強された固有機能を検証する.これらの分子設計においては,錯体上における官能基の柔軟性に留意し,認識能がくまなく発揮されるようにする.さらに,配位結合を駆動力とする秩序化分子の原理に対する理解が深まった中で,ファンデルワールス力など他の駆動力を活用した秩序化分子の自在な合成への道がひらけてきた.錯体分子にとどまらず,芳香族炭化水素分子など対象化合物の幅を広げることで,特色を活かした展開を自由に図れると考えている.特に,分子モーターとして働くことが期待されるベアリング分子に着目し,特異な構造構築と摩擦のきわめて低い回転に由来する特異物性の発現を予測しており,検討を重ねる予定である.
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (14件) (うち国際共著 1件、 査読あり 13件、 謝辞記載あり 11件) 学会発表 (32件) (うち国際学会 15件、 招待講演 6件) 図書 (2件) 備考 (1件)
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