研究領域 | ゆらぎと構造の協奏:非平衡系における普遍法則の確立 |
研究課題/領域番号 |
25103002
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
佐々 真一 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (30235238)
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研究分担者 |
中川 尚子 茨城大学, 理学部, 教授 (60311586)
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研究期間 (年度) |
2013-06-28 – 2018-03-31
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キーワード | 非平衡 / ゆらぎ / 熱力学 / 統計力学 / エントロピー / 流体力学 |
研究実績の概要 |
代表的な成果を二つ紹介する。 成果1.熱力学の主役はエントロピーである。エントロピーには様々な定義や特徴づけがあるが、操作される系の対称性に付随するネーター不変量としてエントロピーが一意に特徴づけられることが明らかになった。ここで、対称性とは、「熱力学過程と整合する軌道」というクラスの軌道に限定して時間の非一様な変換 が定義され、解が別の解にうつる性質のことをいう。古典力学系に対して古典統計力学を前提にして理論を定式化しているにも関わらず、その変換に「作用の次元を持つ普遍定数」が関わることが帰結される。それはプランク定数に他ならないが、量子論との関わりについて現在研究中である。 この結果は、Phys. Rev. Lett. に出版され、Editors’ suggestion に選ばれた。 成果2. 非平衡に拡張されたエントロピーとして、非平衡定常系に操作を施した際に出入りする過剰熱とつながる熱力学量が提案されている。フーリエ則を満たす一次元熱伝導系を調べ、その模型に対しては以下のような基本性質を持つことがわかった。(i)非平衡に駆動する系の両端の温度を固定した場合、系の大きさに比例する。(ii)系の定常熱流が変化しないようにして系を半分に分割すると、相加性を示す。(iii)局所平衡仮説に則って決定したエントロピーと一致する。以上の結果より、拡張されたエントロピーは示量性と相加性を兼ね備えているので、一見したところ、熱力学の拡張は容易に思える。しかし、相加性と示量性をもたらす条件が異なっており、熱平衡系のように両者を等価なものとして扱えない。非平衡定常熱力学の構築はそれほど簡単ではなさそうである。以上の結果はY. Chiba and N. Nakagawa, arXiv:1510.01016 として公開し、現在、論文投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記のふたつの成果は、順調に研究をすすめている結果である。ネーター不変量としてのエントロピーは、1年前には想像すらできなかった成果である。非平衡ゆらぎの問題を幅広く考え、熱力学の可能性を真摯に検討しているなかで、自然に発展し、論文出版まで到達した課題であった。熱伝導系の考察は、非平衡定常系において熱力学の枠組みを考える、という本研究課題の中心部に位置する課題である。独創性が高い研究だが、次に考えるべき問題を堅実に与えている。
これらだけでも十分な成果だと思われるが、それにとどまらない。例えば、粘性中をゆっくり落ちる球がうける抵抗は19世紀中旬からストークス抵抗として知られているが、それを非平衡ゆらぎの立場から解析することで驚くべきことが分かった。時間平均された応力が球の表面上で「超均一なゆらぎ」となっているのである。溶媒が球に及ぼす力は独立ではなく、「ある種の秩序」をもっているということが分かった。最近様々な非平衡系で見つけられている現象であるが、粘性流体中におかれた球の表面にこのような構造が埋まっているとは想像してなかった。理論的には、この知見は、流体方程式を使わずにストークス抵抗を導出するという問題を解決する中で得られたものである。その結果は、J. Stat. Phys. から出版された。 さらに、非平衡ゆらぎの関係式を振動子集団に適用することにより、集団運動の方程式を導出することにも成功した。この成果は、2014年にPhys. Rev. Lettに発表した流体方程式のミクロ力学からの新しい導出法を発展させたものである。鍵となる非平衡恒等式の使い方についてより一般的な理解を得ることになった。また、この成果は、New J. Phys. から出版され、IOP Selectに選ばれた。公開後1年足らずのうちに5000回を超えるダウンロードを記録していることを付記したい。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究を継続しつつ、予定どおり新しい課題に踏み込んでいく。具体的に平成28年度では、主として、個々の要素が非平衡ゆらぎを示す多体系の振る舞いを記述する理論的枠組みの構築に取り組む。 第一に、散逸多体系の例である化学乱流波を研究する。この現象は、決定論的時空カオスを示す蔵本方程式による記述がある一方、長時間長距離の振る舞いに制限すると確率過程(KPZ方程式)による記述も妥当であろうと80年代から予想されてきた。ただし、そもそもこの予想の正確な表現すら分かっていない。長時間長距離極限でのゆらぎの時空間相関を特徴づける指数に関しては、原理的には動的くりこみ群が適用可能である。しかしながら、KPZ方程式で予想される界面幅の分布関数が示す特異な振る舞いは、くりこみ群の固定点だけでは捉えることができない。くりこみ群の言葉を用いるなら、くりこみ群のフローそのものに普遍的な何かが存在することを見出すことが課題となる。 この課題は、熱伝導系におけるゆらぐ流体方程式を明らかにする問題と密接に関わっている。ここでは、局所熱力学や揺動散逸関係など確立している普遍的な枠組みがある。そこで、ゆらぐ流体方程式のミクロな力学世界からの導出を考える際、この枠組みとの整合性を考えることが重要になる。特に、空間的にひろがった系における不均一なゆらぎを局所熱力学との関係において捉える視点の研究をすすめたい。具体的には、系の操作的分割や合体に伴う「拡張された熱力学量」の変化の性質から重要な変数を見極め、それにもとづいてゆらぎを記述する。
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