多くの生物にとって嗅覚は、餌を探し出す、交配相手を見つける、親子を識別する、そして危険から逃避するなど、個体の生存あるいは種の保存に直結する本能的行動に不可欠な感覚である。外界に存在する多種多様な匂い分子が嗅細胞で受容され、その情報が嗅球さらには高次嗅覚中枢へと伝達・処理されて、嗅覚イメージの形成、快不快の情動創出、さらには匂い記憶の成立へと至る。本研究では嗅覚記憶の時空間的ダイナミズムの分子・細胞・回路メカニズムの全貌を明らかにすることを目的とし、遺伝学・発生工学・神経解剖学・神経活動イメージング・電気生理学・神経行動学など多様な実験手法を駆使できるゼブラフィッシュをモデル生物とした統合的解析を行った。 平成29年度においては、餌報酬と関連させた嗅覚条件付け記憶を制御する神経回路メカニズムの解析を行った。まずは、ゼブラフィッシュにおいて嗅覚入力と報酬・恐怖の連合学習を制御する神経回路メカニズムの解明を目指して、嗅覚記憶行動解析システムの開発を行った。誘引も忌避も起こさないニュートラルな匂い分子の嗅覚入力と、餌の報酬とを条件付けすることによって、ゼブラフィッシュがその匂い分子を記憶して策餌行動を示すことを見出した。すなわち匂い刺激と餌報酬の連合記憶の形成・維持・想起の行動実験系をゼブラフィッシュにおいて確立することができた。また、遺伝学・神経解剖学・分子生物学などの手法を組み合わせることによって、この嗅覚記憶を司る神経回路の解析を行い、視床の特定の神経核が、餌報酬と連関させた匂い刺激によって活性化されることを見出した(投稿準備中)。
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