研究領域 | 多様性から明らかにする記憶ダイナミズムの共通原理 |
研究課題/領域番号 |
25115007
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
上川内 あづさ 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (00525264)
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研究期間 (年度) |
2013-06-28 – 2018-03-31
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キーワード | 神経科学 |
研究実績の概要 |
動物は、外部環境を感覚情報として記憶し、適切な行動発現に至る。本研究計画ではショウジョウバエをモデルとして、動物が求愛時に用いる「求愛歌」が受け手側に経時的に「記憶」として蓄積し、その行動を徐々に変化させる神経機構の解明を進めている。ショウジョウバエのオスが求愛時に発する羽音は求愛歌と呼ばれ、オスやメスの行動を徐々に変化させる。今年度は、そのような行動変化をもたらす音の記憶を担う脳領域を絞り込む目的で、ハエ脳内の聴覚神経細胞の網羅的な同定と、それらが形成する神経回路地図を作成した。約16000種類のGAL4系統から選出した系統群を、一次聴覚中枢を標識するLexA系統と順次掛け合わせることでスクリーニングを進め、一次聴覚中枢に投射する神経細胞を標識する35種類の系統を同定した。そこで、これら系統を用いた熱ショックフリップアウト法により単一細胞レベルでの神経細胞を体系的に可視化した結果、ショウジョウバエの一次聴覚中枢から他の脳領域に投射する神経細胞を42種類発見した。さらに、それらの投射先を同定、分類し、単一細胞レベルでの神経末端の形状解析により、情報の流れる向きを推定した。その結果、聴覚情報は多様な脳領域に分散して伝わることが示された。、ショウジョウバエの嗅覚系では、キノコ体と呼ばれる特定の脳領域に情報が集約し、匂いの記憶を担うことが知られる。しかし私たちの解析から、聴覚系においては情報は分散的に処理されることが示唆された。 また、行動レベルの解析として、長期の音刺激が聴覚システムに与える影響を解析した。神経活動マーカーを用いた解析により、長期間音にさらされることで、音に対する脳内の神経活動部位の変化、それに呼応した行動変化が観察された。さらに、詳細な聴覚行動解析を進めるために、聴覚行動量の時間変化の様式をモデル化した。これらに関しては次年度も継続して進める予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ショウジョウバエをモデルとして聴覚記憶の神経機構を解明するためには、まずは聴覚記憶がどのような神経細胞群で担われているのかを同定する必要がある。ショウジョウバエの高次聴覚神経回路の同定は、これまでほとんど進んでおらず、本課題を遂行するためにはまず、聴覚神経回路地図の確立が必要不可欠であった。これを解決すべく開始した本研究課題でのこれまでの解析から、私たちはショウジョウバエの脳内における二次聴覚神経回路地図を作成することができた。これにより、研究計画開始時に想定していたような、聴覚情報が集約される特定の二次聴覚中枢はショウジョウバエには存在せず、様々な脳領域に音情報が分散して伝わることが初めて推定できた。今後、この結果を指標として、どの神経経路が聴覚記憶を担うのか、解析を進めることができる。 また、長期の音刺激が行動にどのような影響を与えるのかは、ショウジョウバエではほとんど分かっていない。私たちはこの問題に取り組むため、長期刺激による聴覚行動可塑性を解析する実験系の確立を進め、最適な実験条件を決定しつつある。この成果は今後、聴覚行動可塑性の神経機構を解明するために必要な実験系を提供することになり、新しい分野を開く可能性があると考えている。また、短期の刺激による聴覚行動変化の解析も進み、その変化様式のモデル化にも着手することができた。時系列データを伴った刺激を脳がどう記憶するか、その解明はあまり進んでいない。本研究計画でショウジョウバエモデルを用いた行動実験系が新たに確立できたことは、音の記憶の神経機構を研究する上で非常に有用なツールを提供することになり、今後の本研究計画の推進においても非常に重要な基盤を提供できたことになる。
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今後の研究の推進方策 |
研究開始時には、特定の聴覚高次中枢が聴覚記憶を担う可能性を想定していた。しかし昨年度までの網羅的な二次聴覚神経回路のマッピングからは、音情報は脳内の多様な脳領域に分散して伝わることが示された。よって、これらの脳領域をすべて、聴覚記憶を担う中枢の候補として想定する必要が出てきた。今後は、高次聴覚領域と同定されたそれぞれの脳領域を経由する神経経路を個々に解析を進め、聴覚記憶を担う神経回路の同定解析を進める。 また、行動実験からは、これまでに解明されていた短期の聴覚行動可塑性だけでなく、長期の聴覚行動可塑性も存在することが示唆された。よって、これら二つの成分の「記憶」現象に関わる脳領域を絞り込むことで、聴覚記憶を担う脳領域を探索する。本領域の他の研究班から、転写因子を含む一連の遺伝子発現カスケードが記憶過程に重要な役割を果たすことがわかりつつある。これらの遺伝子産物グループが、聴覚記憶においても重要な役割を果たすかどうかは、いまだ不明であり、今後研究を進めていきたい。 さらに、ショウジョウバエのメスも、求愛刺激に長時間さらされることで行動が変化する。今後はこれまで解析を進めたオスの聴覚行動に加え、メスの聴覚行動も解析を進めたい。
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