動物は、様々な環境からの情報を記憶として保持している。本研究では、保持時間が短い短期記憶を忘れるメカニズムを、分子・神経回路から明らかにすることを目指している。本年度は下記のような研究を進めた。 (1)嗅覚順応の記憶を忘れにくい変異体の原因遺伝子の働く細胞を遺伝学的に推定するとともに、二重変異体の作成によって複数の経路によって忘却が制御されていることを明らかにした。さらに、カルシウムイメージングにより、これらの変異体において嗅覚神経細胞の応答によって忘却が制御されていることを明らかにした。さらに、記憶の形成と忘却過程において、感覚応答の変化と行動の可塑性との関係から、感覚応答の変化を補償するメカニズムがあることが推定された。 (2)嗅覚神経回路に関わるアンフィッド介在ニューロンが忘却を促進するために働いているのは、実際に忘却しているときであることが明らかになった。 (3)餌の有無によって忘却が制御されるメカニズムとして、神経伝達を制御するシグナル経路が重要であるだけでなく、モノアミン神経伝達物質がその上流で働くことが重要であることも明らかになった。 (4)これまでの神経活動を測定するカルシウムセンサータンパク質(GECI)は、細胞内カルシウムイオン濃度が高くなると蛍光強度が上がるものであった。本研究では、細胞内カルシウムイオン濃度が下がることによって、蛍光強度が上がる高感度のカルシウムセンサーを開発した。このセンサーを用いることによって、神経活動が抑制されていることを鋭敏に測定できる。このセンサーを神経細胞に発現させても行動に大きな変化が起きないことを明らかにした。
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