研究領域 | 共感性の進化・神経基盤 |
研究課題/領域番号 |
25118006
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研究機関 | 総合研究大学院大学 |
研究代表者 |
大槻 久 総合研究大学院大学, その他の研究科, 助教 (50517802)
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研究期間 (年度) |
2013-06-28 – 2018-03-31
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キーワード | 共感性 / 情動伝達 / 同調性 / 向社会性 / 数理モデル |
研究実績の概要 |
(1) 情動伝染が適応的になる条件の解明:昨年度の研究を発展させ、(a)他者の行動を正確に知ることが出来ない場合、(b)他者の行動観察にコストがかかる場合、(c)2個体以上を経由した情動伝染がある場合、(d)情動の数が3以上の場合、についてそれぞれ他者の情動をコピーする行動戦略が有利になるかを調べ、(a,b,d)の場合は情動伝染が行動模倣より有利になること、また(c)の場合、情動伝染者の情動を再びコピーすることは必ずしも適応的でないことを発見した。成果をまとめた論文は現在査読を経て再投稿中である。また3個体以上の血縁者からなる系を分析する理論的方法をまとめ、論文として発表した。 (2) 同調性と協力の進化:利得に依存した同調行動が空間局所的に起きると協調ゲームにおいて「リスク支配」と呼ばれる戦略が空間に連鎖的に広がり、協調が集団全体で達成されることを示し論文として発表した。また、公共財ゲームの状況で「他者が協力するならば自分も協力する」という同調性を備えたプレーヤーが存在すると、非協力が合理解であるにも関わらず協力の進化が達成されることを示し、進化学会で発表するとともに、成果を論文にまとめ現在投稿中である。昨年まとめた集合知に関する研究の投稿論文は査読が大幅に長引いており、成果発表には至っていない。 (3) 文化データからの共感性分析:流行歌の歌詞分析は試みたものの思った結果を挙げられなかった。 (4) 隠れマルコフモデルによる社会的ジレンマ分析:入出力隠れマルコフモデル(IOHMM)のコードの実装が完了し、目覚ましい進展があった。まず囚人のジレンマに限らない社会ジレンマの繰り返しゲームにおける一般論を論文にまとめ発表した。次に実装したコードを元に2状態IOHMM同士の対戦を試みたが、囚人のジレンマでは相互協力できないという意外な結論を得た。この結果に関し現在論文を執筆中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
情動伝染が適応的となる条件の解明については、血縁者間での相互作用を明らかにする集団遺伝学的理論を整備し、また負の情動伝染の数理モデルを複数の条件下で考察し、行動模倣(behavioral mimicry)に比べて情動伝染戦略が適応的となる生態学的条件を明らかにできた。論文は改訂の上再投稿中であるが、当初の目的は概ね達成できた。 負の情動伝染以外の共感性の適応基盤に関する理論的研究は、研究途上である。共感性を欠くこと(サイコパス傾向)がかえって罰の行使において有利であり、この罰が利他行動と共進化したことで現在も集団中にサイコパス傾向の個体が維持されているのではないか、という仮説のもと、協力と罰の分業モデルを構築中である。 同調性と協力の関係については、同調が協力の質を低めること(投稿中)、局所的同調はリスク支配的な協力を集団全体に広めること(論文発表済み)、同調性を持つエージェント間では公共財ゲームでも高い協力率が達成されてしまうこと(投稿中)を発見し、当初の目的は達成できた。 隠れマルコフモデルを用い、他者の意図推論ができる「心の理論」を持つエージェント同士が協力を達成できるかを調べる課題では、入出力隠れマルコフモデル(IOHMM)のコードを完成させ、IOHMM同士の対戦を試みる段階まで進み、当初の目的は半分まで達成できた。しかし予想に反してIOHMM同士が囚人のジレンマにおいて相互協力を達成することは難しいという結論を得たので、今後の更なる研究が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
情動伝染の適応的条件の解明にあたっては、負の情動伝染の進化条件を概ね解明したので、来年度からはより高次の共感性である共感(empathy)の適応基盤の解明に注力する。特に、逆説的ではあるが、情動的共感性を欠くサイコパス傾向のある個体がヒトの集団に一定比率存在するという現象を説明すべく、協力と罰の分業進化モデルを通して、サイコパスの維持の進化機構を明らかにしていく。 隠れマルコフモデルを用いた囚人のジレンマ研究に関しては、IOHMMのコードが完成したことから次年度は特に集中的に研究を行う。具体的には状態数の数(情動数に対応する)、プレイヤーの信念の事前分布(初めて会う他者の協力傾向をデフォルトでどう想定するかに対応する)等のパラメータが、IOHMMプレイヤー同士の協力達成にどのような影響を与えるかを探る。
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