計画研究
物理学的な時間は一様に流れて戻らない。一方、「こころの時間」は前後が入れ替わることもある。たとえば左手と右手に加えた0.2秒差の信号の順序は手を交差するだけで入れ替わる。また、急速な眼球運動(サッケード)の直前には2つの視覚刺激の順序判断が逆転する。これらの逆転現象は旧来の仮説では、説明が困難である。そこで、我々は2つの信号の「空間的な位置」の情報と、2つの信号から作られる「動き」の情報を統合して時間順序が構成されると考え、「動き投影仮説」と名付けた。本研究の目的は、「動き投影仮説」を検証することを通じて、時間順序を作りだす神経メカニズムを解明することである。1. サッケード直前に「動き」は逆転するのか?「動き投影仮説」が正しければ、サッケード直前に「動き」関連領域のニューロンの選好方向が逆転するはずである。これまで予想を支持するニューロンを主としてMST野で見出してきたが、記録数を増やしたところこれらのニューロンはむしろ例外的で、大部分のニューロンはサッケードの前後に方向選択性を失うことが明らかになった。この結果への対応は後述する。2. 情報「統合」のメカニズムは何か?「動き投影仮説」で仮定する「空間」と「動き」情報の統合は、α波帯域の同期活動によって実現されるという仮説を検証した。独立成分分析とベイズ推定を用いた詳細な検討を行った結果、α波は5つの独立な成分に分解できることが明らかになった。さらに、側頭後頭溝周辺に信号源を持つ成分(PO成分)の位相に応じて、時間順序判断が影響を受けることが明らかになった。3. 脳に時間地図はあるのか? 本年度はreference timeが現在と一致する場合の現在・過去・未来の陳述に対する脳の応答を解析して、脳の内側面に時間に関する情報が表現されていることを示唆する結果を得た。
2: おおむね順調に進展している
本年度は「空間」と「動き」の情報統合に関わるα波の成り立ちについて、綿密な解析法を構築して5つの独立成分に分かれることを示した。さらに、頭頂間溝周辺に強い信号源を持つ「頭頂間溝成分」が重要な役割を果たすことを示唆する結果を得た。また、時間地図探索に関しては、言語班と共同してfMRI計測を行い、現在・過去・未来に対応する脳内表現を明らかにする手がかりを得た。以上の理由から、おおむね順調に進展していると判断した。
研究項目1のサッケード直前の「動き」の逆転に関しては、記録するニューロンを増やした結果、逆転を示すニューロンの数はむしろ少数であることが明らかになった。これは、予想と異なる結果である。この点に関しては、動き感受性ニューロンの受容野の周辺領域の反選好方向刺激に対する応答性が上昇する可能性が考えられる。そこで、受容野周辺を含めた広い領域に同じ方向の刺激を加えることができるように、刺激パッチのサイズを大きくしてデータを取得する。研究項目2のα波による情報統合に関しては、交流刺激を使って頭頂間溝成分に外乱を与えて、頭頂間溝成分と順序判断の因果関係を明らかにする。
すべて 2015 その他
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 1件、 招待講演 3件) 備考 (1件)
J Neurophysiol
巻: 114 ページ: 2460-2471
10.1152/jn.00145.2015
J Neural Eng
巻: 12 ページ: 036014(21pp)
10.1088/1741-2560/12/3/036014
Eur J Neurosci
巻: 42 ページ: 1651-1659
10.1111/ejn.12935
http://mental_time.umin.jp/