計画研究
A02班の目的は、冥王代地球において、比較的単純な分子から生命の構成部品が合成され、それらが原始的な生命機能をもつようになる過程を明らかにすることである。A01班は、冥王代地球表層の環境条件を検討し、原初大陸地殻に存在していたと想定される「間欠泉」こそが、多様な構成部品の合成に最適な場であるとの見解に達した。こうした情報提供を受け、青野とクリーヴスらは、そこで利用可能な多様なエネルギー源や触媒、そして環境条件の動的変化を再現できる「間欠泉リアクター」を開発した。矢野らは、鉱物表面と有機化合物の相互作用力をナノスケールで定量分析するために、力検出感度が高い「原子間力顕微鏡(AFM)」を用いる手法の開発に取り組み、その中核となるAFMプローブ先端にアミノ酸を化学修飾する手法を確立した。車らは、脂肪酸ベシクルに疎水的なアミノ酸を主としたペプチドを導入することで、「細胞膜の透過機能」を再構築する手法を確立した。これらの成果により、想定される冥王代地球環境と整合的な条件で生命誕生のきっかけをつかむための実験を進められるようになった。いくつかの新たな計算科学的手法も開発された。クリーヴスらは、現行生物の20種のアミノ酸のセットは、存在可能な約2000種のアミノ酸からランダムに選択された複数のセットと比較し、極めて「適応的」であることを明らかにした。北台は、熱力学理論に基づきアミノ酸やいくつかの非タンパク質アミノ酸の熱力学パラメータを決定し、多様な水質条件、温度、圧力、pH環境におけるこれらの「熱力学的挙動の評価」を初めて可能にした。青野らは、充足可能性問題と呼ばれる一種の制約充足問題の解探索アルゴリズムを発展させ、安定な分子が形成される化学反応過程を「制約充足ダイナミクス」として表現しシミュレートできるモデルを構築した。
2: おおむね順調に進展している
A02班の代表者と分担者らは東京工業大学内に発足した地球生命研究所を研究拠点としており、初年度は、そこで化学進化実験を行うための設備、機器、分析装置の購入を進め、研究環境の整備をほぼ完了することができた。そして、比較的単純な分子から生命の構成部品が合成され、それらが原始的な生命機能をもつようになる過程を明らかにするという目的のために必要となる、新たな実験装置や手法、及び計算科学的手法を確立することができた。さらに、生成物の定量分析を可能とするLC-QToF、HPLC、GCMS等の分析装置のセットアップも完了し、実験から合成された化合物に関するデータも得られ始めている。従って、当初計画で策定されていた、想定される冥王代地球環境と整合的な条件で実験を行う装置や手法の確立といった項目を、おおむね順調に進展させることができたといえる。具体的には、主に次の項目が達成できた。「間欠泉リアクター」の開発により、フラスコ内に、溶液、ガス、紫外線等の光エネルギー、火花放電、触媒鉱物を導入でき、溶液の急熱・急冷、そして鉱物表面の乾燥・水和の反復サイクルを再現できるようになった。また、「原子間力顕微鏡(AFM)」により、任意のアミノ酸分子を原子間力顕微鏡のプローブ先端に修飾し、アミノ酸分子を鉱物表面間の距離をオングストロームスケールでAFM制御しながら相互作用力を測定することで、鉱物表面とアミノ酸分子の吸着力を定量分析することが可能となった。さらに、「細胞膜の透過機能」を再構築する手法の確立により、疎水的な膜に親水的なペプチドを透過させられるようになり、区画化された微小領域内でのペプチドの触媒活性を評価できると期待できる。
生命の定義に統一見解はないが、多くの研究者は、次の3つの条件が必須であると認識している。A) 「区画化」:自己を環境から隔てる境界がある。B) 「代謝」:エネルギーを取込み、自己の活動(化学反応)のために効率よく使う。C) 「自己複製」:自己のコピーを次世代に残す。これら3つの生命機能を担う物質的基盤として、現行生物は、それぞれ細胞膜、タンパク質、DNA/RNAを用いている。それらを構成する部品は、それぞれ、脂質、アミノ酸、ヌクレオチドである。今後A02班は、とくにB)「代謝」の原型となったと推定される化学反応ネットワークとして、還元的クエン酸回路の一部の経路に焦点を当てる。「原始代謝」と呼ばれるこの反応ネットワークは、酢酸を出発物質とし、その炭素鎖が炭酸固定により伸長することにより、酢酸、ピルビン酸、オキサロ酢酸、αケトグルタル酸といった代謝産物を経由し、最終的にクエン酸が合成される経路である。これらの炭酸固定反応は、現行生物においては酵素により効率化されており、各代謝産物からは、その下流の反応において糖、アミノ酸、脂肪酸、核酸塩基が合成される。A02班は、この原始代謝経路を、酵素の代わりに、「鉱物(矢野)」や前生物的に合成され得る「オリゴペプチド等の低分子量の有機化合物(青野、クリーヴス)」を触媒とし、「特異な環境で想定されるエネルギーの供給(北台)」により、安定的に持続できるようなシステムの構築を目指す。さらに、こうしたシステムが、「微小領域内に区画化(車)」されて持ち運び可能となり、他の環境でも持続されるようになる過程の再現を目指す。これにより、生命の構成部品が恒常的に生産されるシステムが特殊な環境で誕生し、それが多様な環境において持続され得る頑健性を獲得するに至る過程が解明されると期待される。()内は、当該研究を主導する班員名を示す。
すべて 2015 2014 その他
すべて 雑誌論文 (24件) (うち査読あり 24件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (28件) (うち招待講演 11件) 図書 (2件) 備考 (1件)
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