計画研究
浦野は、種々の含イオウ生理活性物質を可視化する蛍光プローブの開発を行った。具体的には、サルフェンサルファー及びグルタチオン(GSH)を可逆的に検出可能なプローブを、前者は分子内スピロ環化を、後者は分子間マイケル付加反応を原理としてそれぞれ開発することに成功した。現在使われているプローブはほとんどが非可逆的応答プローブであるが、開発した新規蛍光プローブは生細胞系においても、サルフェンサルファーやGSHの濃度変化を可逆的に検出可能であることが明らかとなった。特にGSHプローブに関しては、秒オーダーの時間分解能での検出も可能であり、従来のプローブでは不可能であったリアルタイムにGSH濃度変化を観察することが可能となった。飛田は、前年度までに開発したイリジウム錯体のりん光消光を利用した生体内酸素計測法に基づいて、マウスの腎臓の酸素化状態の観測を行った。発光プローブとして細胞内移行性の高いイリジウム錯体BTPDM1を用い、麻酔を施したマウスの尾静脈から投与したところ、投与後数分以内から腎臓表面からりん光が観測され、その寿命の計測により、腎動脈の結紮、呼気中の酸素濃度の低下、急性貧血マウス、腎臓病病態マウスにおいて、腎臓が低酸素状態に陥っていることが明らかとなった。このように本法によって臓器の酸素レベルをリアルタイムで計測可能であることが示された。中川は、生体内の活性イオウ研究用摂動型ケミカルツールとして、昨年度までに開発した化合物をもとに可視光制御型H2S放出化合物の設計・合成・活性評価を行い、UV-可視領域の紫色光照射によってH2Sを放出することを確認した。光制御型NO放出化合物については、ED治療応用を目指し摘出ラット海綿体平滑筋組織に適用し、平滑筋弛緩を光制御できることを示した。さらに光活性化型酸素消費剤の分子設計・合成を行い、試験管内で可視光制御照射による酸素消費誘導効果を確認した。
1: 当初の計画以上に進展している
浦野は、酸素生物学における重要な生理活性物質である含イオウ活性種の可逆的蛍光プローブの開発に成功し、実際に生細胞系で機能することを明らかとした。サルフェンサルファープローブに関しては、赤池班と共同して蛍光応答と質量分析法に基づく解析結果との相関を明らかにする研究が既に始まっており、GSHプローブに関しては内田班と共同して心筋細胞でのイメージングが開始された。いずれも順調に結果が出つつあり、プローブの高機能性、実効性が示されただけでなく、異分野の研究班が密接に協同することで酸素生物学研究を推し進めるという本新学術領域研究の特徴が表れた格好の例となっている。このように本研究計画は、当初の計画以上に進展していると言える。飛田は平成27年度において、前年度に検討したりん光寿命のcalibration法に基づいて、マウスの臓器の酸素化状態を計測することを試みた。すでに腎臓組織への集積性が明らかにされているBTPDM1をマウスに投与し、二分岐ファイバーを用いて腎臓からの発光の寿命を測定し、酸素分圧に換算した。これまでの研究から、イリジウム錯体をプローブとした酸素計測法は、腎臓のような臓器の酸素化状態を低侵襲的に計測できる方法としてその有用性が確認されつつあり、おおむね順調に目標が達成されている。中川は活性イオウ研究用摂動型ツールについて、昨年度の成果を元により応用性の高いUV-可視光制御可能な化合物を設計・合成した。性能には改善の余地があるものの、本分子設計が有効であることが分かり他の活性イオウ種へ適用する方針が定まった。また、NO摂動型ツールについても、段階的に臨床に近いモデルへと適用を進められた。さらに酸素濃度調節剤について基本的な性能を示す化合物を取得した。これらの研究結果から概ね順調に進展しているといえる。
今後もA03班では、参画研究者が持つ独創性の高いプローブ設計法を駆使して、酸素生物学の新たな推進を可能とさせるプローブと計測技術を開発していく。まず浦野は、平成27年度に開発した2種のプローブの最適化を行う。サルフェンサルファープローブに関しては、赤池班と協同して蛍光応答と質量分析解析を綿密に行い、信頼性のある可視化技術であることを証明する。GSHプローブに関しては、細胞内局在をサイトゾルとした新たなプローブを開発し、より感度の高い検出やオルガネラ別のGSHのリアルタイム定量を実現する。飛田は、昨年度合成したPEG(polyethylene glycol)化イリジウム錯体(水溶性イリジウム錯体)とりん光寿命測定システムを用いて、マウスの膀胱内の尿中の酸素濃度をリアルタイムで計測し、腎臓の酸素化状態と尿中の酸素濃度の関係を明らかにする。尿中の酸素濃度の正確な定量に向けて、PEG化イリジウム錯体のFBS中のりん光寿命を測定し、りん光寿命の酸素濃度に対するcalibrationを行う。また、細胞・組織内の低酸素環境を高感度でイメージングできるイリジウム錯体を設計・合成するとともに、イリジウム錯体を発光プローブとして、細胞・組織内の酸素濃度分布をイメージングする技術を開発する。中川は、酸素消費剤について、これまでの安定化した二重結合の反応性知見に基づき分子内に長い二重結合共役部を有するシアニン色素を検討することで、性能の向上を図る。シアニン色素の光吸収特性を利用することで生体適用性を考慮した進展が見込める。また、可視光制御型H2Sの構造に基づいてpolysulfide放出化合物の開発を行うことで、生理的に重要なH2S2、HS2Cysといった分子の研究用ツール開発に進展が見込める。光制御型NO放出化合物の病態モデル(とくにED)への応用を引続き検討することで実用化への課題を顕在化する。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (14件) (うち国際共著 3件、 査読あり 14件、 オープンアクセス 6件、 謝辞記載あり 6件) 学会発表 (23件) (うち国際学会 7件、 招待講演 8件)
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