脊髄損傷後の機能回復過程における大脳皮質の大規模回路の再編機構を解析するため、両側の感覚運動野(運動前野、一次運動野、一次体性感覚野)にそれぞれ15チャネルの皮質脳波電極を留置し、損傷前から頚髄C4/C5髄節で側索背側部を走行する皮質脊髄路を選択的に切断し、その後訓練を経て精密把持運動が回復する過程を4-5カ月にわたって追跡した。各電極間の運動前後の皮質脳波活動の相互作用をGranger causality(GC)を用いて解析し、その大規模データをParallel Factor Analysis(PARAFAC)法を用いて次元圧縮したところ、(1)運動中に損傷反対側の運動前野から一次運動野へ向かう高γ帯域の信号の流れ、と(2)主として運動開始前に損傷反対側の運動前野から同側の運動前野および一次運動野へ向かうαから低β帯域の信号の流れ、が主たる成分として抽出され、(1)は損傷直後に急に上昇するが1-2週間で損傷前の値付近に戻るのに対し、(2)は損傷後2-3週間で上昇し、その後の回復過程においても持続的に上昇し続けること、が明らかになった。この結果はCerebral Cortex誌に発表した(Chao et al. 2018)。一方でこれら(1)(2)が機能回復に貢献するのかを明らかにするため、精密把持が回復しない亜半切モデルにサルにおいて皮質脳波活動を追跡した。すると(2)の交連性の低周波成分は観察されず、β帯域のGCはそれぞれの半球内にとどまり、γ帯域のGCも損傷直後の急激な増加は観察されず、数カ月にわたって徐々に増加することが明らかになった。これらの観察結果は現時点ではいずれも機能回復との相関関係に過ぎないが、(1)と(2)がいずれも巧緻運動の機能回復と関係する可能性が示唆された。今後、これらの因果関係を証明する実験を進展させたい。
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