計画研究
本研究ではRNA修飾や末端構造に由来するRNAの質的な情報に焦点をあて、RNAの化学特性に基づいたncRNAケミカルタクソノミを確立することを目的とする。本年度は、RNA-MSを駆使した解析により、pre-tRNAの5’末端にメチル化グアノシンキャップ構造が付加されていることを発見した。この現象を“pre-tRNA capping”と命名した。一般にキャップ構造はRNAポリメラーゼIIの転写と共役して導入されることが知られているが、tRNAはRNAポリメラーゼIIIの転写産物であり、この発見は、これまでの常識を覆す知見となった。遺伝学的な解析から、このキャップ構造は、pre-tRNAを5’エキソヌクレアーゼによる分解から保護している役割があることが明らかとなった。この機構は、核への逆行性の移行を伴うtRNA成熟のalternative経路において、tRNA前駆体が細胞内を長距離かつ長時間にわたり移動するために、特に重要な役割を担っていると考えられる(Ohira and Suzuki, Nature Chem Biol, 2016)。ヒトのミトコンドリアは変則的な遺伝暗号を用いており、通常はIleをコードするAUAコドンがMetに暗号変化している。ミトコンドリアtRNAMetのアンチコドンには5-ホルミルシチジン(f5C)が存在し、この修飾によって、tRNAMetがAUGコドンのみならずAUAコドンもMetに解読することが可能になる。f5Cが発見されて以来、20年以上もその生合成機構や修飾酵素は不明であったが、私たちは、f5C修飾形成にかかわる酵素としてNSUN3を同定した。NSUN3の欠損は、ミトコンドリアのタンパク質合成能の異常を引き起こし、疾患の原因となる可能性が強く示唆された(Nakano et al., Nature Chem Biol, 2016)。
1: 当初の計画以上に進展している
RNA修飾の解析と生合成機構の研究に関しては、予想以上の成果が得られたと自己評価している。tRNA前駆体にキャップ構造を見つけた成果(Ohira and Suzuki, 2016)は、これまでにキャップが導入されないと長年信じられていたPol III転写産物がキャップを持つという、これまでの分子生物学の常識を塗り替える成果として、海外の関連分野の研究者から大きな反響があった。ミトコンドリアtRNAMetのf5C修飾の生合成機構が明らかになった成果(Nakano et al., 2016)も学術的価値が高い。代謝ラベルを用いた実験により、ホルミル基がメチル化と酸化反応で形成されることが明らかとなり、修飾酵素の同定に道筋をつけられたことがきっかけとなった。特にNSUN3を同定し、f5C修飾を欠損させると、ミトコンドリアの翻訳異常と機能低下が生じたという知見は、f5C修飾の生理学的な意義を初めて明らかにした成果である。私たちの論文がpublishされた後、半年の間にMinczuk(MRC)とBohnsack(Göttingen)のグループから立て続けに関連論文がpublishされたこともこの分野の関心の高さと波及効果を実感している。特に、呼吸鎖異常症患者からNSUN3遺伝子に変異が見つかったことは注目に値する。また、NatureのReview誌から、RNA修飾とエピトランスクリプトーム研究に関するViewpoint articleの依頼があり、海外のエキスパートと共著で執筆した(Nature Rev Genet., 17, 365-372, 2016)。当研究室のこの分野における貢献度とプレゼンスの高さを示している。
化学特性に基づくRNAの作動エレメントを見出すために、個々のRNA分子に含まれるRNA修飾部位を同定する。私たちはこれまでに、複数の新規RNA修飾をncRNA, rRNA, tRNAから発見しており、今年度は引き続きこれらの化学構造の解析、生合成機構の解析、機能解析を行う。私たちは、ICE-seq法を用いて、新規A-to-I RNA editing部位を3万か所以上同定しているが、これらの機能については不明な点が多い。I修飾を制御する因子として二種類のRNAヘリケースを同定しているが、これらのヘリケースが、どのような機構でI修飾の形成に関わるかを、NGS解析により明らかにする。往復循環クロマトグラフィー法(RCC)に関しては、プローブの新しいデザインや精製プロトコルの改善を行うことで、RNA精製における技術開発を行う。また、RNAマススペクトロメトリー(RNA-MS)によるRNA修飾の高感度解析のための技術体系を構築する。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 5件、 査読あり 9件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 5件、 招待講演 8件) 図書 (3件) 備考 (4件)
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