計画研究
細胞競合では、競合の勝者となる細胞は、隣接細胞の適応度の相対的な低さを感知してこれを敗者細胞として認識し、自身あるいは敗者細胞の細胞内シグナル伝達経路を制御して、敗者細胞の細胞死や細胞層からの離脱を誘導すると考えられる。最近の研究により、これら一連の過程に細胞間接着が重要な役割を果たすことが示唆されている。しかし、細胞競合に関わる細胞間接着分子の実態やその作用機構はほとんど解明されていない。本研究では、哺乳類培養細胞競合モデルを用い、生化学的・分子生物学的手法により、細胞競合に関与する未知の細胞間接着分子を網羅的に単離・同定する。また、同定した新規接着分子群、並びに申請者が以前に見出した細胞間接着分子ネクチンやNeclを含む既知の細胞接着分子群の細胞競合における機能と作用機構を解析する。さらに、これらの細胞間接着分子群のノックアウトマウスの解析などを通じ、細胞競合の生体レベルでの解析を行う。平成28年度は平成27年度に引き続き、乳腺におけるネクチン-4の機能を解析した。ネクチン-1と-4は乳腺の管腔上皮組織とそれらを取り囲む筋上皮細胞との間で接着装置を形成し、妊娠時乳腺の発達に重要なホルモンであるプロラクチンのシグナル伝達の場を提供していたが、管腔上皮細胞においてネクチン-4はその細胞外領域を介してプロラクチン受容体と同じ細胞膜上でシスに結合し、細胞内領域でSOCS1と結合し、SOCS1を補足することによってSOCS1の機能を抑制し、その結果としてプロラクチン受容体のシグナル伝達を促進することを明らかにした。他の外分泌腺組織として顎下腺に着目し、顎下腺におけるネクチン-1の機能を解析した。ネクチン-1欠損マウスでは導管上皮細胞の細胞数低下と腺房間の間隙が認められたことから、唾液腺上皮組織の形態形成にネクチン-1が関与することが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定通り、哺乳類培養細胞競合モデルを用いた既知の接着分子群の細胞競合における機能と作用機構の解析が進んでいる。また、個体レベルでの細胞競合現象の解析のために必要なマウスの作成が完了しており、今後の解析も順調に遂行できると考えている。研究代表者が乳腺で新たに見出したネクチン依存性の新規接着装置は、従来の物理的な接着装置として機能するだけではなく、シグナル伝達のプラットフォームとして機能しており、研究代表者はその下流シグナルの制御機構を解明している。これらの機能は、細胞競合の一連の過程で必要とされる、隣接する細胞との質の違いを認識するためのセンサーとしての機能と、質の違いを認識した際に細胞内シグナル伝達を発生させるプラットフォームとしての機能を兼ね備えている可能性が考えられ、今後の発展が期待できる。
前年度に引き続き、細胞競合を誘起することが報告されている哺乳類培養細胞系を用いて、細胞競合を制御する未知の細胞間接着分子を生化学的スクリーニングによって同定する。スクリーニングで得られた抗体は、細胞競合現象を検出するツールとなることが期待できる。ネクチンやNeclは異種細胞間接着のみならず細胞内シグナル伝達へ寄与することから、細胞競合時に変化するシグナル伝達を制御する細胞間接着分子である可能性がある。そこで、上述した研究計画と並行して、ネクチンやその他の既知の細胞間接着分子の細胞競合への関与を検討する。哺乳類正常上皮細胞と上記変異細胞を混合培養した際、ネクチン、Necl、およびその他の細胞間接着分子の局在を免疫染色にて検討したが、細胞競合条件下で特異的に染色シグナルの濃縮が変化する分子は認められなかった。今年度も継続して正常細胞と変異細胞間に濃縮して局在する分子の同定を進める。同定した分子については、それらの分子を過剰発現あるいはノックダウンすることで、細胞競合への影響を検討する。細胞競合への関与が認められた分子については、それらが制御する下流の細胞内シグナル、およびそれを介した細胞競合制御機構を解析する。具体的には、細胞骨格の再編を制御する分子として低分子Gタンパク質を、細胞の生存を制御する分子としてPI3キナーゼやc-Srcを中心とした経路の細胞競合における役割と分子機構を解析する。研究代表者は平成28年度の研究で、ネクチン-4によるプロラクチン受容体活性制御機構にJAK2-STAT5経路のフィードバック制御因子SOCS1が関与することを報告しており、これらの経路の細胞競合における役割と分子機構も解析する。
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