本研究は新学術領域班において、正常上皮細胞と変異細胞間に生じる細胞競合の分子メカニズムの解明を担当し、異なる細胞間の境界で特異的に機能する分子群を様々な手法にて同定・解析することを大きな目的としている。平成30年度は以下の研究プロジェクトについて大きく研究が進展し、論文発表準備中である。 哺乳類培養細胞系とゼブラフィッシュのin vivoモデルを用いて、正常上皮細胞に囲まれたRasV12変異細胞が管腔側に逸脱するapical extrusionという現象におけるカルシウムの機能的役割について調べた。すると、apical extrusionの開始時に、変異細胞から周囲の正常細胞に向かって、細胞内カルシウムの上昇が波のように伝わり(calcium waveと命名)、それがapical extrusionを誘起していることが明らかになった。また、このcalcium waveはapical extrusionを正に制御していることも分かった。Calcium waveの発生は、stretch-activated calcium channelであるTRPC1とIP3 レセプターによって制御されていることも示した。さらに、このcalcium waveの伝播によって、周囲の正常上皮細胞がアピカル惻に排除された変異細胞の後のスペースを埋めるために、細胞運動を亢進させるプロセスをコントロールしていることが分かった。このように、カルシウムが細胞競合現象に伴う細胞運動に関与しているという、新規性の高い知見を得ることができた。 この他にも、マウス体内の様々な上皮組織にがん原性の変異をタモキシフェン投与によってモザイク様に誘導することのできる新たな細胞競合マウスモデルを用いて解析したところ、肺上皮層において、基底膜側に逸脱したRasV12変異細胞の周辺において、免疫細胞や線維芽細胞の集積、隣接する上皮細胞の過増殖といういわゆるがん微小環境様の構造を観察することができた。ガン微小環境がこのような発がんの超初期段階から発生しうることを示唆する興味深い知見である。
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