研究領域 | 脳内身体表現の変容機構の理解と制御 |
研究課題/領域番号 |
26120004
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研究機関 | 旭川医科大学 |
研究代表者 |
高草木 薫 旭川医科大学, 医学部, 教授 (10206732)
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研究分担者 |
中陦 克己 岩手医科大学, 医学部, 教授 (60270485)
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研究期間 (年度) |
2014-07-10 – 2019-03-31
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キーワード | 姿勢筋シナジー / 姿勢筋緊張 / 皮質-網様体投射 / 前頭‐頭頂ネットワーク / 予期的姿勢調節 / 身体図式 / 脳内身体表現マーカー |
研究実績の概要 |
随意運動は「身体-空間認知情報に基く認知的姿勢制御」によって支えられる.その基本は立位姿勢の維持と目的動作に最適な姿勢の提供(予期的姿勢調節)である.これらを実現するためには,運動前後における自己身体と空間の関係変化をリアルタイムに予測し,これに基づいて目的動作と姿勢調節の筋シナジーを生成する運動プログラムを構築する必要がある.本研究課題の目的はこれら一連のプロセスを実現する大脳皮質と皮質下神経機構の解明である.平成29年度は随意運動における認知的姿勢制御機構を理解するため,以下2項目の動物実験を遂行した. サルの歩行研究では,①4足から2足歩行への歩容変化における姿勢筋シナジー制御のポイントが抗重力筋活動の制御と重力軸に沿う垂直立位姿勢を維持することの2点であること,② これらの姿勢筋シナジーパターン(姿勢プログラム)を表現する神経細胞が一次運動野や運動前野よりも補足運動野に最も多く存在すること,③ 頭頂皮質の多種感覚領野の活動を非活性化させると,上記の姿勢筋シナジーパターンが損なわれること,等が明らかとなった.これらの成績は,頭頂葉~前頭葉への情報が姿勢筋シナジ―制御の運動プログラム生成に重要であることを示唆する. ネコの前肢リーチング動作における姿勢調節研究では,①リーチング動作を開始する時点においてはリーチング終了時の姿勢変化が既に終了すること,②その姿勢調節が標的の空間座標に依存して変化することの2点を見出した.これは,目的動作終了時の姿勢を当該動作開始前に準備することが予期的姿勢調節の本質であり,身体-空間認知情報に基いて生成される姿勢のForward modelによってこれが可能になると推定される.これら動物実験における研究成績は,身体-空間認知情報に基いて生成される運動プログラムが姿勢筋シナジーを制御して随意運動を発現させるという我々の作業仮説を支持する.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究計画の前半(初年度,2年目)の研究において,ヒトの歩行動作の開始や上肢リーチング動作に先行する予期的姿勢調節は各動作の大きさや速さと関連して変化することを明らかにした.予期的姿勢調節は高次脳機能に基づく Feed-forward型の姿勢制御であると考えられているが,これがどのような高次脳機能であるのかを証明した研究は存在しない.そこで我々は,この姿勢調節が「運動主体と環境との相互作用に基づく認知機能(脳内身体表現)に基づく」との作業仮説に立脚して研究計画を構築した.詳細な神経機構を解析するためには,モデル動物を使用する以外の手段が無いため,異なる動物種においてもこれを誘発するためには共通の高次脳機構が働くとの想定を前提に,身体性の異なる2種類の動物(サルとネコ)において異なるタスク(歩行とリーチング)を課した際の姿勢制御の解析を試みた.本年度の研究によって「前頭(補足運動野)-頭頂(多種感覚受容性の頭頂皮質)ネットワーク」が「自己身体と環境の相互作用によって生成される身体認知に基づいて,立位姿勢の維持と目的動作の遂行に最適な予期的姿勢調節の姿勢・筋シナジープログラムを生成する」と考えることが可能な成果を得ることができた.この研究成績は,我々の作業仮説を支持すると共に,脳の高次機能が手指の巧緻動作のみならず歩行動作においても極めて重要な役割を果たすことを示している.すなわち,即ち,我々の日常動作は高次脳機能に強く依存しており,その破綻によって環境に適応的な姿勢制御が困難となる.これは高齢化や神経疾患に伴う高次脳機能の低下が転倒や転落自己を誘発する要因であることを示している. 当初の作業仮説の妥当性を示す研究成果が得られたこと,また,これに伴い研究計画を変更する必要が無くなったことから,「研究課題の遂行が順調に進展している」と判断した.
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今後の研究の推進方策 |
研究計画がほぼ順調に進捗していることから研究計画の変更はない.最終年度(平成30年度)の研究計画のポイントは,① 頭頂連合野(多種感覚を受容する頭頂皮質領野)で生成される自己身体認知情報が皮質運動関連領野(特に,補足運動野)への投射系(前頭-頭頂ネットワーク)を介して巧緻動作や歩行動作に先行する予期的姿勢調節のプログラム生成に関与すること,② 皮質運動関連領野(特に,補足運動野)から脳幹網様体への皮質‐網様体投射系が予期的姿勢調節を実行する運動性下行路であること,の2点を証明することである.研究対象はこれまとで同様に,サルの4足・2足歩行運動とネコの前肢リーチングにおける姿勢制御である. サルの歩行研究においては,頭頂連合野において視覚・体性感覚・平衡感覚に反応する神経細胞を同定し,① 歩行時(定常歩行・障害物回避歩行・4足-2足の歩容変化)における発射活動と,② 前頭連合野(補足運動野)との機能連結を電気生理学的手法によって解析する. ネコのリーチングタスクでは,① 補足運動野・頭頂連合野の活動をそれぞれ神経薬理学的手法,あるいは,光遺伝学的手法によって不活性化した際の予期的姿勢調節と前肢リーチング動作の変容様式を解析すると共に,② 前頭連合野(補足運動野)から脳幹網様体を経由して脊髄に至る皮質-網様体脊髄投射系が,予期的姿勢調節の実行系として機能しているか否かを分子遺伝学的手法に電気生理学的手法を組み合わせることにより評価する.最後にこの5年間の研究によって得られた研究成果が,(1) 認知症や脳卒中などの脳損傷に伴う歩行-姿勢障害のメカニズムの解明,(2) 脳損傷後の歩行-姿勢制御機能の再建へのシナリオ構築,(3) 姿勢制御機能マーカー(予期的姿勢調節)を用いた高次脳機能予備能検査技術などの開発へとつながるためのシナリオについて考察する.
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