研究概要 |
南北両極地方に存在する氷床の挙動は気候変動に伴って変化し,また氷床の拡大や縮小は気候変動をコントロールする原因のひとつにもなっているため,その流動特性および変動の歴史を知ることは重要である.本研究は氷体の流動に伴う氷結晶組織の発達過程と氷床の動力学的性質との関係を明らかにするものである.サンプルとしてグリーンランドで掘削されたGRIPコアを用いてこれまでの一軸圧縮試験に加え単純せん断試験を行った.GRIPコアの氷期中の氷にはクラウディー・バンドと呼ばれる白濁層と透明層の互層縞模様構造が観察されている.白濁層は高不純物濃度と微小気泡が多数存在していることで特徴付けられる.GRIPコアにおいて,結晶C軸方位分布が最も単極大型を示す2537mのサンプルについてコア軸から45°傾けて一軸圧縮した.一軸圧縮変形前とひずみ量10,20,30%において結晶C軸方位分布を測定し,結晶組織の発達過程を調べた.その結果,ひずみ量20%において,透明層中の結晶粒個々の方位角度差が著しく小さくなり,結晶粒界の認識が困難になることが明らかになっていたが,同様の実験を2597mのサンプル(結晶C軸方位分布は単極大型であるが,その集中度は2537mよりわずかに低い)について行った.結果はひずみ量20%において,部分的に結晶粒の方位角度差が著しく小さくなり,結晶粒界の認識が困難になった.また,両サンプルに共通して,水平層位の鉛直方向に同じ方位を持った結晶粒が並び,偏光板の下で明るい層と暗い層(それぞれの方位角の差は数度)が作る縞模様構造が観察された.これはストライプ構造と呼ばれ,実際の氷床(GRIP, GISP2)底部にも観察され,層序関係を乱す構造として報告されているが,今回初めて実験的に再現された.ひずみ量20%以降,両サンプルとも結晶粒径は著しく小さくなり,結晶方位分布は集中軸の周りに広がった.ひずみ量20%付近からはポリゴン化が活発になり,結晶C軸方位の集中度が低くなると解釈される.また,GRIPコアの単純せん断試験を行った.氷床底部の変形場を再現した実験になるが、せん断ひずみ量30%を越えてもなお,ひずみ速度は減少し続けた.結晶組織についてはせん断ひずみ量30%以上において結晶が変形前の1/2以下に細粒化した.これはせん断試片が加工軟化していることを表している.変形前のサンプルの結晶C軸方位分布は隣り合う結晶粒の角度差が数度以内であった.この角度差が変形中にさらに小さくなるにつれて,単結晶に近づいていくため,徐々に軟化していくというメカニズムが考えられる.さらに変形が進むと再結晶粒の生成によって軟化すると考えられる.変形前の結晶方位分布が強い単極大型の場合とランダムの場合では結晶方位の発達過程が大きく異なることが示された.これはこれまでの報告とは異なるものであり,氷床内部の結晶組織発達過程を考慮した氷床流動モデル構築のための重要な基礎データとなる.これらの成果は国内外の学会にて発表された.
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