研究概要 |
QCDのカイラル理論によって、これまで大きな謎であったハドロンの質量の起源が明らかにされつつある。 この問題は現代物理学の大きな問題の一つとして理論・実験の両側面から活発な研究が世界各地で行われているが、依然定量的議論に耐える実験的証拠は得られていない。本研究は我々がドイツ重イオン研究所(GSI)に於いて、系統的且つより高精度を目指して研究を行っているパイ中間子の原子核による深束縛状態分光実験の応用であり、原子核反応(d,3He)を用いて原子核中にη,ω中間子を無反跳条件で生成し、反応Q値スペクトルの測定からその束縛エネルギーと準位幅を決定する。これらの測定量はハドロンが質量を獲得する過程の高密度状態としての核媒質中での中間子の性質(質量)の変化を反映しており、既存のカイラル理論の予言を試験することができると期待されている。 実験はη,ω中間子の無反跳条件を達成するために重陽子運動エネルギーを6億電子ボルト→40億電子ボルトに、また反応生成量を稼ぐために標的物質の厚さを1立方センチメータ当たり20mg→1000mgに増強する。しかしこれに伴って数百倍に増加する雑音(一秒当たり一億個の陽子)に耐える新しい検出器の開発が実験遂行上必要不可欠であった。 昨年度までに我々は国内において2台の新型のチェレンコフ検出器(POSCH)の製作及び性能評価を終了し、耐雑音性能が数千分の一以下、位置分解能が半値全幅で2mm以上と要求項目を高いレベルで達成できることが確認された。 昨年12月に我々は完成した検出器をGSIに輸送し、実際の実験施設において12Cテストビームを用いて動作確認試験及び、本実験のもうひとつの懸案であった低分散率ビーム光学系の開発とテストを無事終了した。今年の3月に本実験と同じ条件の重陽子ビームを用いて背景イベントレートを見積もる最後のテスト実験を行う予定で目下準備中である。本実験は今秋に予定されており、今年中には本実験によってQCDカイラル理論とハドロンの質量の起源についての定量的議論が可能であると期待される。
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