研究分担者 |
DARNAEDI Ded ボゴール植物標本館, 研究員
SOEDARSONO R ボゴール植物標本館, 館長
岡田 博 大阪大学, 教養部, 講師 (40089892)
綿野 泰行 金沢大学, 理学部, 助手 (70192820)
坂巻 義章 早稲田大学, 所沢キャンパス自然環境調査室, 常勤嘱託
今市 涼子 玉川大学, 農学部, 助教授 (60112752)
邑田 仁 東京大学, 理学部, 講師 (90134452)
RISWAN Soedarsono Director, Herbarium Bogoriense, Indonesia
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研究概要 |
カリマンタン各地で熱帯渓流植物の系統進化および適応について野外調査を行い,以下のような結果が得られたほか,約2万点の標本と生態・環境に関する資料が収集できた。 1.これまで世界で最も渓流植物が多様であるとされてきたボルネオから12種の渓流シダ植物が報告されていた。我われの調査によって新種や渓流植物として確認できたものを合わせると,約60種もの多くの渓流シダ植物がボルネオに分布することを明らかにした。これは知られている渓流種子植物の82種に迫る数値であり,熱帯の渓流植物相が現在の私達の知識よりもはるかに多様であることを示している。 2.陸上植物としてシダ植物の種子植物のほかにコケ植物があるが,渓流コケ植物については殆んど研究がなかった。調査の結果,(A)葉細胞が多層になる(陸生種は通常1層)(B)茎が強靭になり,匍匐茎が発達する(C)植物体の背が低い(D)茎が仮軸的に分枝し,植物体がマット状になりやすい,などの形態的特徴が渓流コケ植物に多くみられることがわかった。この点で渓流コケ植物(配偶体)は維管束植物の配偶体よりも胞子体に似ることがわかり,注目に値する。またコケ植物は微小であり,渓流帯以外にもそれに似た微環境に渓流コケ植物が生育することも明らかになり,渓流植物の形態・生態的多様性を明らかにする上で興味深い示唆が得られた。 3.渓流植物の特徴の1つは,洪水時に冠水した時水流抵抗ができるだけ小さくなるように葉が細く流線形になっていることである。この狭葉の形態的性質を明らかにするために,熱帯渓流植物数十種と近縁な陸生種について葉の比較解剖学的研究を行なった。渓流植物の狭葉の外部形態と,腕部が短い葉肉細胞と狭い細胞間隙から葉が構成されている内部構造との間に顕著な相関があることが明らかになった。したがって渓流植物の狭葉は構成細胞の大きさ,形,数の特徴,とくに細胞の大きさに起因すると考えられる。また,葉表皮のクチクラとワックスの厚さと量も渓流植物の方が陸生種よりも大きく,乾燥,機械的強さの点でまさっていることが示唆される。 4.このような渓流植物の葉の形態・解剖学的特徴を形態進化と適応の点から理解するために,葉の発生学的研究を行った。渓流植物ヤシャゼンマイの葉は細胞伸長期前の段階で原基が近縁陸生種ゼンマイよりも小さく,細胞増殖期が短く構成細胞数が少ないことが示唆された。細胞伸長期では両種の生長パタ-ンは基本的に同じであるが,渓流植物の方が細胞伸長期が短かく,葉肉細胞は腕部が短かい状態で伸長が停止した。脈系の分化時期と発達程度の違いと葉肉細胞の伸長度の違いによって,渓流植物の葉に相対生長が起ることが示された。これらの結果から,渓流植物の狭葉の生長期間の短縮にともなって葉の内部構造ひいては外部形態の変化が起り,陸生種の葉の発生途中の状態で生長を終えることによって,狭葉が幼形進化的に起源したと推定される。渓流植物と陸生種の住み分けは謎であったが,狭葉化にともなって細胞間隙が小さくなって光合成能の低下を招き,陸上では競争に勝てなくなった結果であろうと理解される。 5.狭葉の形態進化が系統のどの時点で起ったかを調べるために,渓流植物ヤシャゼンマイ,陸生2種ゼンマイ(東アジア),レガリスゼンマイ(北米,ヨ-ロッパ他)について分子分類学的研究を行なった。ヤシャゼンマイは,ゼンマイとレガリスゼンマイが分化したあとゼンマイから派生したことがわかった。これから,渓流植物の狭葉化が比較的新しい系統時点で起ったことが示唆された。 6.渓流植物の配偶体世代の適応を明らかにするために,ヤシャゼンマイとゼンマイについて配偶体の発生学的研究を行なった。両種の配偶体は形態の上では差異はなかったが,渓流植物の方が生長が早く胞子体もより確実につけた。したがって,配偶体の適応戦略は胞子体のそれと異なり,形態的進化を起さず世代時間を短縮するやり方である。
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