研究課題/領域番号 |
01041058
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研究種目 |
国際学術研究
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 学術調査 |
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
杉山 幸丸 京都大学, 霊長類研究所, 教授 (20025349)
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研究分担者 |
SOUMAH Fode ギニア共和国教育省科学研究局, 局長
中川 尚史 シオン短期大学, 教養学科, 助教授 (70212082)
大沢 秀行 京都大学, 霊長類研究所, 助教授 (60027498)
松沢 哲郎 京都大学, 霊長類研究所, 助教授 (60111986)
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研究期間 (年度) |
1989 – 1991
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キーワード | パスタザル / ミドリザル / チンパンジ- / ボッソウ / 堅果割り / ハンマ-使用 / 利き手 / 二次的道具使用 |
研究概要 |
本研究は極乾燥地帯と熱帯多雨林辺縁部という異なる環境に対する霊長類の行動と生態を明らかにし、その適応のあり方を比較検討する目的で発足した。すなわち、西アフリカのカメル-ン最北部・カラマルエのパタスザルとミドリザル、およびギニア東南隅・ボッソウのチンパンジ-を対象としている。しかしながら、平成元年度よりボッソウのチンパンジ-の調査が急速に進んだので、後半は主力をチンパンジ-の調査に集中した。このため、初期の目的である比較生態は必ずしも目標に達しなかったが、チンパンジ-の研究は後記のように予定以上の進展を見せた。 カラマルエの2種は互いに近縁かつ同所的に生息しながら、パタスザルは単雄(複雌)群をつくって低密な食物を求めて乾燥した広域を遊動し、ミドリザルは複雄(複雌)群を構成して狭い川辺林を排他的に利用していた。前者はしばしばあぶれ雄の襲撃を受けてメンバ-の交代を起こし、後者はより安定している。採食生態とともにサンプル群を捕獲して血液を採集した。これはDNAフィンガ-プリント分析によって雄の繁殖成功度をしらべ、両者の採食・繁殖適応のあり方とその効果を比較解明しつつある。 ボッソウのチンパンジ-は1976年以来全個体識別のもとに断続的な調査が続けられてきた。1989年12月以来人付けが急速に進み、至近距離からの行動観察が容易になった。とくに、ボッソウおよびその周辺の地域のチンパンジ-に特有なハンマ-使用による堅果割り(ボッソウではアブラヤシの種子)は、野生チンパンジ-の道具使用行動の中でも、日常の一般的行動からかけ離れた最も文化的色彩の強いものである。このため、チンパンジ-行動域内の安全な場所に実験観察場所をもうけ、ハンマ-使用行動の詳細を観察、それをVTRに記録することに成功した。 この行動は、上手にできるようになるまでに10年以上かかる。赤ん坊は母親が割った種子の中味を横取りして食べ、石をいじって遊ぶところから始まる。その石を転がし、叩き、やがてもう一つの石の上を叩くようになるが、台石、種子、ハンマ-の3者の関係を理解するには何年もかかる。さらに、自分の手にあった石をハンマ-に選び、できるだけ表面の平らな石を台石とし、真上から適度の力で叩かないと、種子は転がり落ちたり、跳ね飛んだり、いつまでも割れなかったりする。おとなになってもハンマ-を使用せず、素通りしてしまう個体もある。 ハンマ-使用技術の個体発達、個体差、そして伝播の経路の詳細な追跡観察によって、発達心理学の諸問題、文化の起源の問題にも大きな示唆を与えた。さらにこの行動の分析で明らかになったことは、人間と同じカテゴリ-での利き手の存在が明らかになったことである。すなわち、個体により、ハンマ-を持つ手は右か左かしっかりと決まっている。しかし、子どもは時として反対の手で持つこともあり、利き手は堅果割り技術の発達と平行して確立してゆくことが明らかになった。なお、右利き個体と左利き個体はほぼ半々であった。 さらに、表面が斜めに傾いて種子が転げ落ちそうになる台石の場合、低い方の底にもう一つの石を当てがうことも観察された。これは、一つの道具をより効果的に使用するためにもう一つの道具を使うという意味で、「メタ道具」とも言えるものである。このような二次的道具の使用は、人間以外では初めて確認されたものである。最も文化的な道具使用といえるハンマ-使用行動の詳細な観察と分析は、人間独自と考えられてきた行動や現象の起源とその認識メカニズムの解明に、今後とも大きな示唆を与えることになるだろう。 なお同時に、各個体別の毛、食物のしがみかす、糞便の表面を採集し、現在DNAーPCR法により分析中である。これにより父親を判定して、社会構造、とくに雄の繁殖戦略の分析に用いる計画である。
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