研究概要 |
アルツハイマ-症は,記憶や学習の障害を呈する代表的痴呆疾患であるが,症理学的には,脳の海馬を中心とした神経細胞の消失およびアミロイド老人班や神経原線維変化の出現を特徴としている。共同研究者のHyslopらは,すでに家族性アルツハイマ-症の遺伝子解析によって,本症の発症に強く関与する遺伝子が,第21染色体z/g11.2→21g22.2の範囲に存在することを明らかにしてきた。研究協力者の阿部は,1989年よりHyslopらの研究に加わり,家族性アルツハイマ-病の遺伝子異常が少なくとも1つ以上存在することを明らかにしてきた(Nature,1990)。この間一部の家族性アルツハイマ-病では,アミロイド遺伝子の突然変異も見つかってきたが,Hyslopらの国際協同研究により,このようなアミロイド遺伝子の突然変異はまわめて稀である(2%)ことが明らかにされてきた(Am.J.Hum.Genet.1992,in press)。 またアルツハイマ-病で特に障害をうけやすい海馬CA1錐体細胞は,短時間の一過性脳虚血でも死滅しやすいことが知られており,我々はこの細胞群がこのような虚血などのストレスに対して,その障害を緩和し,正常な機能の回復を早める蛋白質(いわゆるストレス蛋白質,HSP)の産生能力において,他の細胞群より劣っていることを明らかにしてきた。また今回の一連の研究において,アミロイド遺伝子のうち,プロテア-ゼインヒビタ-を持つアミロイド分子のみ選択的に脳虚血后に増加することも明らかとなり世界的にも大変注目された。さらにHSP70およびHSC70のcDNAクロ-ンを単離し,これを用いてin situ hybridizationをなうことで,海馬CA1細胞のHSP70およびHSC70遺伝子発現の特異性も世界に先がけて明らかにしてきた。すなわちCA1細胞においては,HSP70の遺伝子発現がtranscriptionalおよびtranslational levelでかなり早い時期に障害をうけることが判明した。これに対して虚血抵抗性の海馬CA3細胞は短時間虚血后2日目まで持続して活発にHSP70mRNAと蛋白を産生し続けることが明らかになった。また海馬CA1細胞でHSP70とHSC70の誘導に解離が見られたことは,両蛋白のmolecular chaperoreとしての協同的役割を考える上でも大変興味深い結果である。 種々の遺伝子発現を調節する本質的な部分は,遺伝子発現調節因子(いわゆるtranscription factor)の標的遺伝子へのbiridingであるとされている。一過性脳虚血に脆弱な海馬CA1細胞での遺伝子発現調節機構の解明のために,まず始めにこのようなtranscription factorの一つであるZinc finger motifをcodeする遺伝子の発現をHSP遺伝子の発現との関連性を含めて検討した。その結果,zinc finger geneは正常脳で発現しており,更に脳虚血により血流再開通一時間后をピ-クとして誘導された。これに対して,HSP70geneは,正常脳で発現していないが,脳虚血によってzinc finger geneが,HSPの誘導に関与している事実を示唆しており非常に興味深い。またこれまで,その遺伝子のプロモ-タ-領域にHSFとよばれる部位の存在からアミロイド遺伝子誘導におけるストレス応答の役割が推測されてきていた。今日の研究により,ヒト培養細胞を熱ショック刺激することにより,アミロイド遺伝子の誘導が見られることも明らかになった。この結果,アミロイド遺伝子発現における熱ショック反応の関与が明確となった。 以上3年間の本研究により,アルツハイマ-病の発症機構を明らかにする上で重要な発見が次々となされ,実績の多い研究であった。
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