研究課題
国際学術研究
歯の形成期に高濃度のフッ素が摂取されると、しばしば琺瑯質石灰化不全もしくは琺瑯質減形成を伴うフッ素症歯(斑状歯)の発現を見ることが知られている。本研究は、実験的に形成したフッ素症歯琺瑯質を種々の方法で詳細に検索し、これをヒトフッ素症歯のそれと比較検討することによって、フッ素症歯本態解明の一助となることを目的として企画されたものである。未萌出および萌出途上にある実験的フッ素症歯には、肉眼的欠損や色素沈着が認められないものの、琺瑯質は広範囲にわたって白変粗〓化し透明感が失われていた。これら琺瑯質の表層は光学顕微鏡的に明るく、偏光顕微鏡的に負の複屈折性を示す薄層からなり、高度に石灰化(高石灰化層)していた。そしてその直下には暗くかつ負の複屈折性を喪失し、しかも石灰化程度の低い領域(低石灰化領域)を伴っていた。なお、深層は健常琺瑯質と大差なかった。このような所見は、萌出後の実験的フッ素症やヒトフッ素症歯でも同様であるが、萌出後のものは琺瑯質の表面に小欠損や色素沈着を認めるのが常であった。上のような変化を示す未萌出フッ素症歯琺瑯質の破折面を高分解能走査型電子顕微鏡で観察すると、高石灰化層には不規則な外形を示す極めて小さな結晶(小型結晶)が長い柱状の大きな結晶(大型結晶)の間にわずかに介在していた。これに対し、低石灰化領域では小型結晶はほとんど観察されず、そこは大型結晶が疎に分布しているに過ぎなかった。結晶間空隙は当然のことながら低石灰化領域の方が格段に広いが、高石灰化層でもかなりのスペ-スが観察された。萌出後のものでは、低石灰化領域にはさほどの相違は認められないが、高石灰化層に極めて多数の小型結晶の出現が観察され、低石灰化領域にもその出現が若干認められた。高石灰化層および低石灰化領域を構成する結晶のc軸横断面を高分解能透過型電子顕微鏡で観察すると、大型結晶は扁平六角形の外形を示し、その中央部にdark lineを認めた。これに対し、小型結晶も基本的には六角形の外形を示すが、多くは不正もしくは正六角形で大型結晶の如き扁平なものは極めて少なく、しかもその中央部にdark lineを見るものはなかった。両結晶の格子間隙は大型のものが8.17A、小型のものが8.12Aを示したところから、それぞれがhydroxyapatiteおよびfluorapatiteと同定された。このことはまた微小領域電子線回折ならびにX線回折により確認された。また、高分解能電顕像とマルチスライス法による計算像とから結晶内部の分子配列の解析も行ない、OH、CaPO、columnar Caの位置を決定した。なお、萌出後のものでは高石灰化層に小型結晶が増量するとともに、大型結晶の辺緑部に成長像が観察されたり小型結晶を融合させたりし、全体として極めて緊密な結晶の分布配列状態を示していた。結晶成長部では格子が正しく連結されているものが多いが、融合したものではそのずれが観察された。化学分析や微小部X線元素分析によると、高石灰化層にはフッ素が高濃度に分布していたが、低石灰化領域ではそれが極度に減少していた。この所見は、萌出後のフッ素症歯でも同様であった。以上のことから、フッ素症歯の琺瑯質表層には出齦する以前に既にfluorapatiteが生成されていることと、その歯牙が出萌後も高濃度のフッ素を含む口腔環境に曝される結果、fluorapatiteの増量とともにhydroxyapatiteの成長によって、結晶の分布配列状態が極めて緊密になることが判明した。また、これまでに報告されているヒトフッ素症歯琺瑯質の欠損や色素沈着の多くは、歯牙萌出後の変化であることも判明した。我々はかつて齲蝕琺瑯質結晶を詳細に観察し、結晶内部の格子欠陥が結晶溶解の初発点となることが報告している。一方、歯の形成期に適量のフッ素を作用させると、琺瑯質中にfluorapatiteの形成を見るほか、既存のhydroxyapatiteの結晶性を向上させるという。このことはフッ素症歯の耐酸性獲得に直接関与していることが伺われる。我々国際共同研究班は今後も引き続き、ヒトならびに実験的フッ素症歯琺瑯質の結晶を高分解能電顕的に検索し、耐酸性の獲得と結晶内部構造との関係を追求していくつもりである。
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