本研究は、宋代の禅籍の中でも中国・日本で広く読まれ、大きな影響を与えてきた『碧巌録』(仏果圜悟禅師碧巌録)を取り上げ、その文献的研究を目指したものである。具体的には、第一に諸本及び諸注釈の調査と収集、第二に語学的・思想的観点からの正確さに注意しながらの本文訳注の作成を目標とした。この作業を通じて、難解な本書の仏教思想史上、及び中国思想史上の位置付けを検討しようというものである。三年間の研究期間で、ほぼ当初の主要な目標は達成できたと考える。まず、第1点に関しては、研究代表者が中心になって調査に当り、五山版を中心とした諸本を各地に閲覧し、また可能な限り写真撮影した。その上で、収集した諸本を比較検討した。その結果、唐本系(明版・朝鮮版など)と日本の五山版の二つが分れ、さらに五山版のうちでも第1類と第2類が分れることがほぼ明らかになった。ただし、当初の計画中、注釈書の研究については十分な準備ができず、見送ることになった。第2点に関しては、研究代表者・研究分担者の他に、禅語録研究会のメンバ-の協力を受け、全百則のうち、最初の30則についての訳注をひとまず完成することができた。その際特に、仏教思想としての特徴は研究代表者が、特殊な中国語表現や中国思想との関わりについては研究分担者が中心になって検討した。特に本書は当時の口語表現や、禅宗に特有な表現が数多く含まれ、従来、それらは恣意的な解釈に任されてきた。今回の訳注では特にそれらの点に注意を払い、諸種の関連文献を広く検討して、学術的な批判に耐えうるような正確な理解をなすように務めた。それにより、従来禅宗寺院にとじ込められていた本書を、広く学問的な場に引き出すことができたのではないかと考える。
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