進化生物学上特異な位置を占める古細菌において、そのエ-テル型細胞膜脂質の化学構造及び立体化学は通常の真正細菌や真核細胞における膜脂質と較べて特徴的な差異を有している。本研究では、膜ホスホリピドのコア構造が如何にして生合成されるかをグリセロ-ル代謝と関連づけて研究することとした。先ず、グリセロ-ル分子中の酵素原子がリピドの生合成において如何に機能するかを明らかにする目的で、従来の方法よりも効率のよいrac-[1(3)-^<18>0]グリセロ-ルの合成法を開発した。次いで、これを用いて好塩性古細菌Halobacterium halobiumの膜生合成過程における^<18>0の動態を^<13>C-NMR法により追跡し、推定前駆体であるプレニルピロリン酸との間でエ-テル結合する際にグリセロ-ルの酸素原子が求核剤として機能することを明らかにした。これにより、H.halobiumではグリセロ-ル分子C-2位において立体化学的反転が含まれ、それは酸化還元過程によるものであることを明確にした。第二に、好酸好熱性古細菌Sulfolobus acidocaldariusにおけるホスホリピドの生合成過程を明らかにするため、rac-[1(3)-^2H_2]グリセロ-ル、キラル標識したSn-[3.3-^2H_2]グリセロ-ル及び[2-^2H]グリセロ-ルを合成し、その添加培養によってリピド生合成過程における^2H原子の挙動を^2H-NMRで追跡した。本菌ではC-2位重水素はリピド中に残ること、及びsn-3位の重水素はリピドのグリセロ-ル部位sn-3位にそのまま取り込まれることがわかり、これによって、Sulfolobusにおけるリピド生合成過程には、H.halobiumと違って酸化還元過程は含まれず、グリセロ-ルから直接グリセロ-ル-1-リン酸が生成し、その後エ-テル結合形成反応が進行することを初めて明らかにすることができた。
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