研究概要 |
進化生物学上興味深い古細菌の生化学的特徴の一つはその細胞膜脂質の化学構造であり,真正細菌や真核細胞のそれとは対掌体と見做せる2,3ージー0ーフィタニルグリセロ-ルをコアとしている。本研究は,この特異な立体化学の由来を好塩性古細菌Halobacterium halobiumにおける糖代謝との関連で立体化学的に解明するため,グルコ-スの4位及び5位を重水素化し,細胞膜脂質の生合成過程における水素原子の動態をNMRにより検討した。重水素化グルコ-スは既知の方法を改良し合成した。グルコ-ス5位の重水素は膜脂質には取り込まれず,4位重水素は脂質グリセロ-ル部snー3位に立体特異的に取り込まれた。これにより,糖代謝により生じるグリセルアルデヒドー3ーリン酸の直接的還元反応は存在せず,トリオ-スリン酸イソメラ-ゼによるジヒドロキシアセトリン酸への異性化を経て脂質へ変換されることを示すことができた。この重水素脂質snー3位に生じた不斉を明らかにすることでこの異性化反応の立体化学が決定できると考えられたのでさらに検討した。グリセロ-ル分子はメチレン水素の一つを同位体に置換すると一挙に二つの不斉中心が生じるので,そのキラル標識には特別な合成デザインが必要なため,種々検討しグルコ-ス誘導体の不斉を活用した新規合成法を開発した。この方法を応用してグリセロ-ル部snー3位の立体化学が確定している重水素化脂質を化学合成し,生合成的に得た重水素脂質と ^1HーNMRを詳細に比較し,後者のグリセロ-ル部snー3位の絶対立体配置をSと決定した。これにより,古細菌では初めてトリオ-スリン酸イソメラ-ゼ反応の立体化学を決定するとともに,それが他生物由来の同酵素のそれと同一であるという興味深い知見を見出した。
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