海産の原索動物ホヤに高濃度のバナジウムが含まれていることがわかったのは、約80年前のことである。バナジウムの海水濃度は35nM(ナノモル)ときわめて低く、ホヤ以外の生物に含まれるバナジウムの濃度は海水濃度とほぼ同じレベルである。そのため、ホヤのみに見られる高濃度かつ高選択的なバナジウムの濃縮機構とその生理学的役割に関する問題は、動物生理学をはじめとして、生化学、分析化学、錯体化学、生物無機化学といった分野から、興味深い学際的な研究対象として注目を集めてきた。本研究の過程で、Ascidia gemmataの血球細胞には、海水濃度の400万倍にものぼる 150mMものバナジウムが濃縮されていること見いだすことができた。この濃度は従来知られていた濃度をはるかに越え、生理的な濃縮係数としては他の生物に例を見ないもので、本種を用いてからわれわれの研究は急速に展開した。この2年間に得られた成果の主なものは、1バナジウムの濃縮にたずさわる血球細胞であるsignet ring cell 液胞のpHが2.4〜4.2というきわめて低い硫酸酸性を示すことを微小pH電極と電子スピン共鳴法で明らかにしたこと、2同じく電子スピン共鳴法による観察で、濃縮されたバナジウムのほどんどは、この低pH条件下で低酸化状態の3価で存在することを示し、3バナジウム結合物質(vanadobin)はバナジウムを含有するほとんどののホヤに含まれており、4vanadocyteであるsignet ring cell に局在することを見い出した。5また、本研究の主題であるvanadobin の生理学的な役割として、vanadobin が5価のバナジウムを4価に還元する能力を有することを電子スピン共鳴法を駆使して明らかにすることができた。この物質は還元能を有する新しいタイプの金属結合物質として注目されている。さらに、6signet cellを抗原とするモノクロ-ナル抗体を作製することに成功し、バナジウム濃縮能を持つ血球細胞の分化機構を検討するための新しい展開が期待される。
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