ヒト内耳における聴覚・平衡機能のメカニズムの解明には、難聴、平衡障害を呈する実験動物の蝸牛・前庭の生理機能・組織学的検討が必要である。本研究では東京大学医科学研究所で得られた突然変異マウスで11番染色体上の単一遺伝子異常が想定されるマウスの内耳の生理機能・形態について検討した。内耳の聴覚機能検査として Auditory Brainstem Responseを施行し、このマウスの出生直後からの高度の聴覚障害が同定された。内耳の形態としては、蝸牛・前庭ともに主として感覚細胞の頂部構造に異常が認められ、蝸牛では外有毛細胞の感覚毛の形成障害と変性、前庭では耳石器の感覚細胞の感覚毛の形成障害と球形嚢の感覚細胞の変性が主要所見であった。また、球形嚢の耳石の変性は耳石の内部構造が消失する特徴的な形態を示することが判明した。中枢神経系の組織学的検索では、異常所見は認められず、当該マウスで観察される難聴、平衡障害の責任病巣は中枢神経系によるものではなく、内耳障害に由来するものと考えられた。このマウスは11番染色体上の極めて限局した部位の障害であることがすでに確認されており、今後は、原因遺伝子の単離、クロ-ニングによって、マウスの内耳障害の分子レベルでの解明、また、マウスとヒトの染色体のホモロジ-から、ヒト内耳感覚細胞の形成に関与する遺伝子ならびにヒトにおける難聴、平衡障害の遺伝子レべルでの解明の端緒となると考えられる。
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