本研究は、『華厳経入法界品(Gandaryuha-sutra)の梵文原典の全面的な改訂を目指している。そのためには、Suzuki、Vaidya両氏の現行刊本二種により梵文原典をパソコン上で動く欧文ワ-プロ、ソフトによって入力し、テキスト・デ-タベ-スを作成する必要がある。本年度は予定通り『入法界品』前半部分の入力を終えた。来年度は、後半部分の入力を完了する予定である。 厳密な校訂作業には、時代も訳者も異にする三種の漢訳とチベット語訳との比較対照が必須である。これまでの比較の結果、漢訳三種は現存梵文原典と多数の異同、欠落があることが判明した。また、漢訳者たちは、それぞれ先行する漢訳をよく参照し、同意できる訳例はそのまま採用し、見解を異にする場合は従来の訳語を修正したり、欠落部分を増補している。一方、通常逐語訳的性格の強いチベット語訳も、本経の場合は、『華厳経』特有の長大な複合語の一部を省略するなど、不備が目立つ。これら四訳の不完全さは、とりもなおさず『入法界品』梵文原典の難解性を示すものである。 校訂作業は、原典の正確な理解に基づかなければならない。このため梵文原典の和訳をひきつづき行なっている。未だ不十分な理解ではあるが、本年度に前半部分の和訳をほぼ完了し、来年度中には後半部分の和訳完了を目指している。この間、samavasarana(相即相入)など『華厳経』特有の難解な術語について思いをめぐらしているが、いずれは『入法界品』の描こうとする「不可思議」の世界を我々の言葉で表現してみたいと考えている。
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