研究概要 |
本研究は、特にインドのクシャ-ナ時代における仏教教養学形成の過程を明らかにし、なかでも説一切有部の教養学形成の動因の一つに、大乗仏教との緊張関係を見ていこうとするものである。説一切有部の三世実有説とは、大乗仏教、特に般若経における諸法の空という立場に対し、諸法の自性が決定しているという立場を表わすものであると見る。この自性決定という立場は、単独の教養学的営為から生まれたものではない。自性決定という発想を生みださざるを得なかった背景に般若経があると考えるべきであろう。 また、『倶舎論』の最も基本的な立場は、大乗仏教の教養学を構築しようとする『瑜伽師地論』の影響を決定的に受けているのである。われわれは、『倶舎論』と『順正理論』の研究を通して、かえって説一切有部の教養学の集大成とされる『阿毘達磨大毘婆沙論』に胚胎する問題を鮮明にすることができるのである。そして説一切有部教養学の研究の現在は、『倶舎論』の註釈書である安慧のTattvarthaを離れては成り立たないといえよう。 今回の科学研究費補助によって、(1)『阿毘達磨大毘婆沙論』以前の説一切有部の諸論書の研究とパ-リ・アビダルマとの比較研究、(2)『阿毘達磨大毘婆沙論』における論題整理、(3)『瑜伽師地論』との比較研究、(4)Tattvarthaによる『順正理論』との比較研究、(5)パ-リ小部中のTheragagh,PatisambhidamaggaやVisuddhimaggaに見られる「ダルマヴァ-ダ」思想の位置付け等々を計画していた。これらの課題の成果報告はまだほとんど途上にある。しかしこの研究の中で最も重要な部分である(4)Tattvarthaについての成果報告を、「TattvarthaとLaksananusariniの比較研究」と題して、公表し刊行した。
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