研究概要 |
『十住毘婆沙論』(以下『論』とする)易行品における『宝月童子所問経』の〓用の意義は『論』の構成を考察すると明白となる。つまり、菩薩が不退の位に入るための行法として、発菩提心品第六の七因縁が『如来智印経』を典拠にして示され、その菩提心の調伏を調伏心品第七に『福徳三昧経』『迦葉品』の引用をもって示し、阿惟越致相品第八には不退の相を『般若経』を引用して示すのである。以上のことについてはすでに発表の機会を得ている。(裏面参照)この三品は易行品第九の最初に説示されるように不退に到る初事であり、「不退に到る者は法の難行を行じ、久しくして乃ち得るべきもの」である。それにもかかわらず声聞地、壁支仏地に堕する危険があるとして、『菩提資糧論』を引用する。そして、もしも諸仏の所説のなかで易行道にして疾く不退の地に到る方法があればそれを示せという。その答えは次のようである。「菩薩の道も亦是の如し、或は勤行精進する有り、或は、信方便を以て易行にて疾く阿惟越致に到る者あり」として、そこで十方十仏を掲げる偈を出して「是の如き諸の世尊,今現に十方に在す。若し人疾く不退転地に到らんと欲せば、応に恭敬心を以って執持して名号を称すべし」と偈を結ぶ。その経証として『宝月童子所問経』が引用される。 『宝月童子所問経』のサンスクリットテキストは現存しない。ただし原典は存在したと思われ、それは宋施護訳(十世紀末)『大乗宝月童子問法経』チベット訳(九世紀)の存在から確認できる。『論』に引用される経は、漢訳、チベット訳を比較するとき、チベット訳との類似性がうかがわれるが、いずれも『論』と時代が隔っており、そこに多くの相異があることはむしろ当然である。さらに十方諸仏は『観仏三昧海経』『菩薩蔵経』『仏名経』にも説かれるが、『論』は『観仏三昧海経』と比較的一致すると言えよう。
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