研究成果報通書『『十住毘婆沙論』の研究ー引用経論を中心としてー』(別に提出)に報告したように、研究は『十住毘婆沙論』(以下『論』と略)における『迦葉品』の引用、〈般若経〉の引用、『宝月童子所問経』の引用を中心に検討した。さらに学会誌(『印度学仏教学研究』第40巻、第2号、37ー43頁)において『十地経』の引用について公表した。以上の研究は、当初計画の予定通り進行しているといってさしつかえないが、原始経典の引用についての検討は、平成4年度日本印度学仏教学会(愛知学院開催)において発表する予定である。 現在までに得られた新らたな知見を整理すると、第一に『論』は『迦葉品』という最初期の大乗経典を引用し、この経の思想が『論』形成に深くかかわっていると思われること。またこの経の諸漢訳のうちで、秦訳ともっとも多く類似点のあることが判明した。第二に『論』の引用の〈般若経〉については、大品系、小品系のとちらの所属の経典であるのか引用部分だけでは確定しえないこと。また『論』引用部分の読解は困難であって、現行のテキスト、たとえば『八千頌般若経』の援けをかりて解読することができることが判明した。第三に『宝月童子所問経』の引用によって『論』は初期の浄土思想を継承していることが明らかである。というのは聞名、称名など浄土思想の重要な概念が未整理のままで言及されていること。このことはこの経典のチベット訳が「名号受持」「執持名号」「懺悔」「随喜」など、予想される(サンスクリット)原典より(この場合『論』引用の経をさす)整理された形態を示していることから明らかである。 この他に『般舟三味経』の引用も検討したが(『印度哲学仏教学』第6号、192ー122頁)ここでは『論』は三味経典の影響を深くうけて成立していることが判明している。
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