子どもの創造的思考の深まりや広まりは、一つには、自分の既有の視点や考えとは異なる問題状況に遭遇し、そこに生じる認知的葛藤を克服していく連続的な自己内対話の努力の中で、いま一つは、自分の視点や考えとは異なる他者との間に生じる認知的葛藤を克服する他者間対話に中で育まれていく。が、ある問題解決に向って同じ様な知識や経験を持つ者あるいは異なる知識や経験を持つ者が複数で一つの課題を共有し、相互に考え、行動していく社会的相互交渉事態の中には、この自己内対話や他者間対話を必然的引き起こす認知的葛藤状況が含まれている。本研究ではこの点に注目し、社会的相互交渉(SI)を体験すことによって、子どもの中にどのような手続き的知識の改善や“自己一他者"視点の分化・獲得が見られるかという観点から、創造的思考を育む認知的要因や条件を解明し、モデル開発を行なうことを目的とした。 初年度においては、視点の広がりや思考の深まりにとってSI体験が重様であるとする従来の知見や理論を概観し、その中でも特に認知発達の社会的起源を強調する理論を、知的構成理論、社会的話理論、社会的学習理論、社会的葛藤理論の4つの立場に分類し、各立場の理論的位置付けを行い、将来の展望と課題について考察した。この考察を踏まえ、実験1では、SI体験の過程分析や内容分析を試みた。2年目においては、実験1の結果を踏まえ、積極的に自己内対話や他者間対話を行わせる条件を設定した時に、子どものモニタリングにどのような改善が見られるか、またその結果として、視点や思考の広まりや深まりにどんな変化が見られるかを分析した(実験2)。 その結果、(1)SIを体験することによって、課題解決に必要な手続き的知識の改善のみでなく、創造的認識の基底として機能するのに必要不可欠な“自己ー他者"視点の分化・獲得にも改善が見られる。(2)手続き的知識の改善や“自己ー他者"視点の分析・獲得の水準は、どのようなSI体験をしたか、その体験内容に依存する。つまり、絶え間ない他者間対話を体験する中で、自己の視点への拘りを離れ、他者の視点との違いに気づき、その両者を一つの観点から統合するような認知的葛藤を多く体験した者ほど、著しい改善を示す。(3)全体をモニタ-する役割を取る人が出現するSI形態の中での改善が著しいが、集団全体のパフォ-マンスが上昇するSI形態と個人の知識が改善されるSI形態は必ずしも同じではない。むしろ両者の間には、逆の関係が見られる。 (4)創造的思考の深まりは、“自己視点への拘り"ー“自己視点から脱却、他者視点への気づき"ー“他者視点の取り込み"ー“協応的モニタリングの誕生"という四つの位相を継時的に体験する中で育まれる。(5)創造的な思考を育むためには、自己の考え方や視点を単に対象化(外在化)させるのみでなく、その対象化した視点や考え方に再び働きかけるといった再帰的な学びの姿勢作が大切である、(6)またその再帰的な学びの姿勢は、子どもの頭の中に閉じた認識の世界ではなく、具体的な動きの世界(開かれた認知系)でより精緻化されていくことが分った。
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