広い意味での旋律の認知が生ずるためには、静的な音の高さだけでなく、動的な音の高さが知覚されなければならない。本研究の目標は、こうした動きの知覚が、複合音を構成する各成分音の周波数が、時間的にどのように変化したときに生ずるかを調べ、知覚印象を分析することによって、相対的な音の高さの知覚の仕組みを明らかにすることである。まず、横軸に対数周内数、縦軸に音圧レベルをとった座標上で、一定の台形スペクトル包絡および非オクタ-ブのスペクトル周期性をもつ複合音のセットを作り、これを用いて音の高さの一対比較実験を行い、音の高さの循環性(推移律の不成立)について検討した。Shepard(1964)の示したような音の高さの循環性は、非オクタ-ブの周期についても生ずること、周期性が必ずしも厳密ではなくても生ずることが確認された。次に、非オクタ-ブの間隔で並ぶ成分音が、対数周波数軸上で、同じ速度で上昇あるいは下降するような背景音の、同じ方向あるいは反対方向に同じ速度で移動する純音を信号音として重ねて呈示すると、信号音が反対方向に移動する場合のほうが、背景音からはっきりと分離して聴きとりやすいことが判った。また、純音の代わりに、日本語母音のスペクトル・エンベロ-プをもった、非調波複合音を信号音として用い、背景音中の母音の認閾を求める実験を行い、これによっても同様のことを確認した。全体を通して、多くの成分音が一斉に、同じ方向に、同程度の速度で動くとき、全体として音の高さの上昇感、下降感が生ずるとの見解を得た。これは、ゲシタルト心理学における「共通運命の原理」からも導かれる考え方であり、非調波構造のスペクルを用いて示されたのは、これが初めてである。
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