山形県米沢市は織物業を中心とする単一産業都市であったが、近年は1970年代の石油危機のインパクトをうけて、電機工業を基幹産業とするハイテク地方都市へと顕著な変容をとげた。このように伝統織物の町から先端産業の町へと変容した要因としては、(1)文化風土の側面、(2)社会経済の側面がある。文化風土の側面としてあげられるのは、伝統織物の経験による手先の器用さ、人びとの勤勉性のほかに、旧蕃以来の伝統である子弟教育の熱心さ、旧制工業高等専門学校でつちかわれた技術習得の受容・開発力がある。他方、社会経済的な側面としては、たまたま首都圏の大手電機企業が戦時中に米沢へ疎開しており、戦後はその下請企業群を当地に育成したのが最大の要因である。このように米沢は先端産業ほの労働移転・技術移転を可能にし、現在では伝統産業を基盤にしつつも、巨大産業の地方工場を中心に、電機・電子部品の第1次下請群、ならびに農村部の第2次・第3次下請(内職を含む)を包括する複合的なシステムを構築するに至った。織物業の関連事業所では経営階層の分極化が進む一方、経営者層では土着型とUタ-ン求が相なかばし、後継者問題も顕在化している。先端産業部門では従業員60名程度、資本金2千万円の中堅企業が平均像であり、経営者層は外来組が多い。こうして多様な階層に分化しつつも、労働の質、年齢、技術などを異にする人びとが開放ネットワ-クを構築し、きわめて活発な交流システムをうごかしている。若手の工芸家から先端技術者までを含めた階層構造の多様化現象は、現在の日本の社会変化を象徴する事態となっている。
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