病院内での終末期の癌患者と医師との間には独特のコミュニケ-ション様式が形成されるが、ホスピス機能をもつ病院とそうでない病院ではその様式が異なることは既によく知られている。本研究では、後者においても、癌患者の混合型病棟と同種の癌患者のみが入院する病棟との間にはその様式に大きな違いが存在することが明らかとなった。ホスピス機能を持たない病院においては、それを持つ病院とは異なり、原則として癌の告知はなされない。告知がなされない病院のうち特に同種の癌患者のみが入院している肺癌病棟に関して調査したところ、医師が全く告知をしていないにもかかわらず、ほとんどの患者は入院後の患者間のコミュニケ-ションを通じて、自ら肺癌患者であるとの病識を持つに至ることが明らかになった。医師の側では病名告知に関して他の病名、例えば「かび」や「肺真菌病」等を患者に伝えていたが、患者の側ではその告知が偽りであることを知りつつ、敢えて医師から真実を聞き出す行為をとらず、癌知を受けていない患者、すなわち癌であることを未だ知らない患者としての役割を演じ続ける傾向がある。このような医師と患者の行動様式を規定する最も一般的な条件として、患者を死の恐怖に直面させる癌の告知は避けるべきだとする社会規範の存在を指摘することができるが、同時にこの規範には死にゆく人びとに関与するすべての人びとが死に直面する患者に直面することから保護するという機能があり、患者自身がそのことを了解しているということも指摘しなければならない。他面、より特殊な条件として(1)肺癌が極めて致死率の高い疾患であること、(2)採用される治療法の実行の影響が明白に視認できる身体の異変として顕在化すること、(3)同一病棟内の入院患者の疾患部位が同一であり、治療法も極めて共通性が高いこと等をあげることができる。
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