身体の病気をめぐって、患者がどのように反応し、行動するかは、医療社会学の中心テ-マのひとつであるが、その病気が悪性腫瘍である場合、患者自身の行為の様式は、彼(彼女)が置かれている行為の条件に応じて特に複雑さを増す。そのような条件として、例えば身体に巣喰う腫瘍の種類、治療法の種類と水準、予後はもちろんだが、本研究では特に病棟の社会構造、コミュニケ-ションの特質のうちに肺癌病棟の患者の行為の様式を説明するための要素を見出そうとした。原則的に医師から癌の告知を受けるホスピスの患者とは異なり、ここでは、疾患の種類、年齢において同質的な病棟の患者コミュニティから治療の方法、治療の予想される経過、予後、そこから推測し得る病名に関する情報を入院の初期段階において得ている。そのため、患者たちは情報不足に起因する不安は少なく、敢えて医師に対して、情報の当否を確認し、病気の真相を追求しようとはしないで、そのような事実について知らないかの様な態度をとる。医師の側でもこのような情報伝達の事実を認識しているのだが、患者に対してはその事実について医師自身は認識していないかの様にふるまう。このようにして両者は、知り得た秘密をもっているということ自体を相手から隠そうとする。しかもこのように医師、患者双方が患者の病気について知り得た秘密を、互いに確認し合わないことによって、医師ー患者関係の秩序は保たれているとみることができる。ここにはフォ-マル・ル-トにおける情報ギャップは、インフォ-マル・ル-トにおける情報補給によって補足されることを通じて情報バランスが維持され、フォ-マル関係が維持されるメカニズムが見出されるように思われる。
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