本研究の目的は、日本経済の高度成長期における国内外の文献を系統的、体系的に分析し、「人間存在の本質」ないし「高移動社会の病理」の根源を解明する系口を発見することにあった。特に、地方村落出身者の工業都市への移動の特性とそれに対する人間の適応の問題に焦点をしぼり、何らかの形で「根こぎ感」を主題にしているもの、あるいはそれに言及しているものについて、演劇史的かつ社会学的視点から考察を試みた。 経済の発展が演劇の発展と時期を同じくしていることは興味深い。これは単なる偶然ではない。そこには、演劇の盛況そのものを経済的豊かさだけに満足し得なかった人々が支え、彼らの抱く「根こぎ感」を劇作家をはじめとする演劇人が積極的に表明した跡がみられるのである。もちろん、観劇は観客に積極的な参加を迫り、積極的で強烈な疑似体験を与え、時に連帯意識を植え付けるものがあり、これこそ演劇の表現形態のもつ必要的効果なのである。そして、この点の検証は、劇団と観客動員数、観客層などを社会学的に調査することによって、ある程度可能となろう。しかしながら、これは対象が広範すぎることに加えて、信頼できる資料の収集がきわめて困難である。したがって、本研究では一方で演劇製作者側における「根こぎ」に対する意識を戯曲作品に跡づけ、他方で受容者側における意識を一般大衆の「根こぎ感」を扱った社会学的文献に、その敷衍されたものとして見出すことにした。 文献にみられる「根こぎ」の問題は、大きく「アイデンティティの喪失」と「アイデンティティ回復の願望」とに分けることができるが、本研究ではつぎのカテゴリ-ごとに検討を加えた。1.土着共同体への回帰願望、2.都市共同体における擬制村の論理、3.土着共同体への回帰願望、4.異文化への同化の努力。
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