研究は、史料収集と、その分析の分野に分かれる。以下それぞれについて概要を報告する。 史料の調査収集は、図書館など公的機関の外、旧伊作郷および高山郷を中心に行った。伊作郷上級郷士篠原家の史料は、家経済についての外、儒学に関する版本、物語その他の筆写本、連歌の句集を多数含み、同郷の他史料と共に考察することにより、薩摩西目の一郷に於ける郷士の教育、文化について考察することができる。高山郷の史料では、宇都宮家・守屋家の史料が重要である。幕末維新期、同郷で家塾を開き青少年の教育に当たった宇都宮東太の日記は、郷士の教育過程・文化程度を知るのに好個の史料であり、守屋家の経済史資料を合わせ扱うことにより、本課題の薩摩東目における事例研究ができる見通しが得られた。 史料の分析はまだ緒についたばかりであるが、本課題の基礎になる部分で研究の進展があった。薩摩藩の武士は、鹿児島城下士と外城に住む郷士に分けられるが、両者の間には経済・文化を初めあらゆる面にわたり大きな隔たりがあったとされている。しかし、両者ともに武士の青少年教育は、「郷中教育」と称せられる団体教育が中心になっていたことは共通している。この教育が薩摩藩の文化面にどのような影響を与えているのか注目されるが、「郷中教育の再検討」の2論文により、郷中教育について従来定説とされていたことが誤りであることを明らかにした。これにより、薩摩藩の教育史は全面的に見直す必要があるが、そのためには、各郷における研究の積み重ねが必要である。また同藩は、「日本教育史資料」以来、寺子屋・家塾の少ない地域として知られている。しかし、各郷において青少年の教育はなされており、また、上級郷士などの文化水準は必ずしも低くなかった。研究地域の拡大、郷士階層と教育・文化の関係の検討などは、今後に残された課題である。
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