本年度は、まず第一に、従来一度も本格的な調査が実施されていない『慈覚大師伝』の諸本の所在および転写・伝存の過程について、7月に購入した図書と諸目録とを基に、確認・検討することより始め、ついで夏期休暇中を中心に調査を行った。 重要文化財に指定されている京都大原・三千院円融蔵本『慈覚大師伝』については、全文を書写することのみならず、モノクロ以外に、カラ-写真の撮影も行い、施されている朱点等にも細心の注意をはらって調査検討を加えた。この三千院円融蔵本は天下の孤本であり、恐らく、円仁入滅後、弟子の僧侶らが関係諸史料を蒐集し、それらを素材として綴った第一次草稿本であろうと思われ、以降の菅原道真撰『慈覚大師伝』に多大な影響を与えたものと推測できるのである。 さらに『慈覚大師伝』の諸本調査を進め、最も古い鎌倉時代頃の書写と推定できる前田育徳会尊経閣文庫所蔵本が、京都・二尊院の旧蔵本であることを見出し、これと上記の三千院円融蔵本とを比較する作業を始め、あわせて円仁関係史料の整理と天台教団に関する史料年表とを作成した。 諸本調査に並行して行った関係史料の整理作業の中で、表題は異なるものの、『慈覚大師伝』の一異本と推定できる史料を発見し、その原本を具さに調査するため龍門文庫に赴き、全文を筆写し、先の二つの古写本との比較検討を試みた。 この結果、新たに見出した一異本とも言うべきものは、『慈覚大師伝』の一部分を抜萃したものであること、そして書写年代は、『慈覚大師伝』成立後間もない頃、すなわち10世紀頃にかかるものであることなどを突きとめることができ、研究史上最大の成果を得ることができた。
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