平安京跡出土の文様をもつ軒瓦約3000種類を製造地別に整理すると、平安京周辺の山城国以外で製造されたと思われる瓦は現在のところ、約300種類であることが判明した。このうち、約70種類は平安京創建に伴って、長岡京から選ばれた長岡宮・平城宮および難波宮型式の瓦である。9世紀以降、直後に平安京に向けて各地から運ばれた瓦は約230種類とみられる。ただし、これらは主に造瓦技法から推定したもので、まだ産地を特定できないものがかなり含まれている。同笵関係から、ある程度産地の特定できるものは約100種類である。 地域別にみると、次の地方があげられる。九州・中国・四国・東海および山城国以外の近畿地方であり、旧国別のは豊前・筑前・備後・備中・備前・讃岐・阿波・伊予・土佐・播磨・淡路・大和・丹波・尾張などがあり、特に西日本各地のものが目立つ。また、時期別にみると、九州産の瓦は10世紀代に限られるようで、他のものは大半が11世紀半ば以降に平安京にもたらされたと考えられる。 今回は中国・四国地方を中心に資料を収集し、平安京跡出土例との照合などを行った。その結果、平安京出土例と直接の同笵関係の知られるものの他に、各地でわずかづつではあるが文様構成の点から、11〜12世紀代とみられる瓦が存在することが判明した。奈良時代には各地で、中央である平城宮型式文様の直接の影響を受けた軒瓦が造られているが、平安時代と考えられている瓦の瓦当文様は、ほとんど平安京所用瓦の影響が認められないものである。このような中で、11世紀以降に各地に散見される都の文様の影響は、中央分化の地方への拡散を考える上で、貴重な成果が得られた。
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