本研究の目的は、先泰時代より清代に至る間の、中国語についての著述に反映する著述・研究者の思索および研究活動の展開を明らかにすることにある。本研究代表者は所期の目的を達成するために、経史子集・儒仏道各分野にわたる各種資料を捜索収集し、それ等の整理・カ-ド化および文献目録の作成を平成元年度の実施計画とした。これまでに捜索収集し得た資料について総括的に述べるならば、そこには既成の言語理論の適用による整理・体系化を志向するのではなく、それぞれの時代の思潮や要請を背景に、それぞれの目的に従い、自国語の諸々の現象を発見・解明しようとする姿勢が窺える。そして、そこで示されている関心の対象は極めて特徴的である。例えば、古代インドの言語研究では言語の構造への関心とその記述、古代ギリシャでは物の名称と実体との関係などの哲学的考察、中世のラテン社会ではギリシャから受継いだ文法、また上代日本では言霊信仰に始まり、上代文献の用字法の研究と、言語研究の関心の対象は当然のことながらそれぞれに異なり時代と共に動いているが、中国に於ては、その言語が単音節から成る無構造の孤立語であり、それを表記するための文字が表語文字という性格を持っていることによって、その関心は専ら漢字の形・音・義に集中し、独自の展開の様相を示している。その展開の軌跡は著述・研究者それぞれが各自の置かれた社会的背景・歴史的条件の下で如何に前代を継承し、如何に後世に伝承したかを辿ることによって明らかになろう。そして、そこに見える研究方法・論述には、或は、具象的知覚を重視し、個別性を強調し、抽象的思惟の未発達さなどが指摘される中国人の思索の方法が反映している可能性も否定できないであろう。平成元年度は専ら資料の収集・整理を目指したが、次年度は、更に資料の捜索・収集に努めてその不足を補充しつつ、本年度で得られた知見を拠所に、研究の進展を図りたい。
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