河川水利をめくる今日の問題状況を見ると、農業用水、工業用水、都市用水等の異種目間の競合関係が一層深刻化しているにかかわらず相互調整のシステムが確立していない。この研究では、河川の流域全体にわたる総合的な水資源管理を可能とするような水利権理論を探究するため、筑後川、紀の川(および補足的に大淀川)流域における実態調査をふまえて問題点の整理を行い、以下のような提言を農業水利問題検討委員会(農業土木総合研究所)等で行った。 《河川管理者である建設大臣は総合治水主義の観点から水資源の目的別配分について直接の管理責任を負い、それぞれの利用目的に従って必要な水利権の設定を行う地位にあるが、河川管理者から農業水利権の設定を受ける(国としての)農林水産大臣は、その水利権を、(1)農業以外の他目的用水との調整、(2)治水的観点からの農業的利用の総枠的規制、(3)農業的利用を主眼とした水資源開発計画の提案、(4)農業用水需要者間の調整等のために行使する「管理水利権」者の地位に立つものと考えられる。他方、現実の農業用水需要者がその団体としての土地改良区等の枠組を介して享受する私権としての水利権は、河川管理者たる建設大臣および管理水利権者たる農林水産大臣による二重の配分・調整システムのもとで制限された権利に他ならず、目的外の利用や処分を禁止され、単に渇水時における取水制限の義務を内在的に含むだけでなく定期的に調整のための協議を義務づけられ、中長期的な用水需要の変動によって変更を強いられることがあるものと考えるべきである。流域単位の水資源管理という方向づけは、一方では慣行的な私的水利権の硬直性を、他方では治水高権的な河川管理者の権力性をそれぞれ克服するため、所有権理論の近年の展開に示唆を得て水利権の管理権的、重層的性格を理論的に明らかにしたものである。》
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