平成元年度に引き続き、倭館における交易市場の実態究明に必要と思われる史料の調査・収集をおこなった。まず、対馬厳原町の歴史民俗資料館において、『宗家記録』のうち奉公帳と朝鮮方の史料をマイクロフィルム撮影により複写した。奉公帳は、倭館の住民構成を知る上で不可欠のものであり、朝鮮方は、倭館関係を掌る役人方の史料である。このほか対馬では、以酊庵送使船を派遣した以酊庵の古文書を所蔵する西山寺、また朝鮮語通詞で貿易商人でもあった小田家の文書も調査した。さらに国立国会図書館においては、倭館記録のうち館守の『毎日記』正徳5年(1715)〜安永6年(1777)、また諸事の交渉官である裁判の『裁判記録』享保2年(1717)〜延享4年(1747)分までの複写を完了させた。現在、収集史料のリ-ダ-・プリンタ-による焼付および整理・分析作業が進んでいる。 本年度の研究の中心は、1)倭館貿易が日本の国内市場に及ぼした影響、2)倭館の貿易活動に重要な役割を演じた、住民たちの行動追跡調査、以上二点に焦点を絞っている。まず1)については、主に朝鮮経由の中国産生糸の輸入と国産生糸(和糸)の質的・量的向上の関連を追及し、日本最大の生糸の消費都市、京都における朝鮮貿易への資金投資の実態を探った。また2)については、具体的には、最も両国の交流の接点にあった朝鮮語通詞と、それに関連が深い貿易特権商人「六十人」の活動実態を明らかにすることである。すなわち対馬では、朝鮮貿易に従事する商人らが、家業のために朝鮮語を修得する慣習にあり、かれらの存在は、「六十人」商人の活動系譜そのものにつながっている。さらに通詞が藩から認可されていた個人貿易、すなわち個人資本で行なう「御免物貿易」の実態と、藩営の公私貿易との関連も追及した。これらの成果については、近く学術誌に発表される予定である。
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