1.分子やイオンなどの化学種のイオン化電位は真空中のものと溶媒和されているものとでは異なった値を持っている。これらの値の差から化学種の溶媒和構造に関する知見を得ることができる。しかし、溶媒和された化学種のイオン化電位の測定のための適当な方法がいままで存在しなかった。本研究により、新しく溶液用光電子放射分光計を開発した。この装置を用いた測定法によれば、多種の溶液系のイオン化電位の研究を行うことができるが、本研究課題により得られた研究成果は主につぎのものである。 2.種々の溶媒中におけるチオシアン化物イオンの溶媒和緩和エネルギ-:チオシアン化物イオンと各種の有機溶媒との相互作用を研究するために、このイオンの溶液のイオン化電位を測定した。その結果は以前報告したヨウ化物イオン等と挙動が類似しており、それらのイオン化電位は溶媒のアクセプタ-数の増加にともない大きくなった。しかし溶媒をかえたときの変化量はヨウ化物イオンのものより小さく、このイオンの形状が球近似できないことが、ヨウ化物イオンと異なった溶媒依存性を与えたものと考えられる。電子親和力との比較から光イオン化後の溶媒分子の再配向緩和エネルギ-を決定した。 3.アセトニトリル中の多環芳香族分子のイオン化電位:真空中でのイオン化電位との差は光イオン化の際の溶媒分子の電子的分極エネルギ-である。今年度の研究以前の結果ではこの分極エネルギ-をボルン式によってよく説明することができた。しかし本研究で扱った大きい平面状分子ではボルン近似が全く成立しないことが明らかとなった。分子軌道計算の結果、光イオン化によって生じた陽イオン中の電荷がこのイオン分子平面の周辺に集中しているものほど分極エネルギ-が大きいことがわかった。
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