現生の脊椎動物のうちで最も原始的な体制を示す円口類(ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類)の横断連続切片を作成し、比較解剖学、比較組織学的観点から、この類の体制の機能的および系統的特徴を明らかにしようとした。ヤツメウナギ類に関してはアンモシ-テス幼生も観察した。 器官、組織レベルで円口類の最も特徴的な点は、広大な血洞系の存在と、多様に分化した軟骨系、および顕著な赤筋の存在であった。この3つの系は、特に呼吸器官を特徴づけていた。アンモシ-テス幼生では、口腔と咽頭の間に縁膜が存在する。この縁膜の絶え間ない運動により口から呼吸水と食物であるプランクトンが取り込まれる。縁膜内には血洞系と赤筋が発達しており、またひずみがかかる口腔壁への付着部には繊維性の粘液軟骨がみられた。縁膜の運動は一義的には赤筋によるが、この収縮を縁膜全体に伝える上で、血洞系が一種の液体骨格の役割を果しているらしい。ヤツメウナギ(スナヤツメ)成体では縁膜は退化的になり、呼吸水は鰓孔と鰓嚢の間を往復する。成体では血洞系が体内各所にみられるが、鰓嚢を囲むものがよく発達していた。閲嚢外壁には赤筋が広く分布するが、この収縮が囲鰓血洞を運動伝達装置として鰓嚢の収縮、呼吸水の流出を引き起こすものと考えられる。その後の呼吸水の流入は、鰓嚢壁に存在する特異的な胞状軟骨を連結する繊維性構造の弾性に基づく鰓嚢の拡張によるらしい。ヌタウナギでも広大な血洞系が体内各所にみられるが、やはり縁膜内血洞や囲鰓血洞が存在する。また縁膜内にはヤツメウナギのものとは組織学的に異なる胞状軟骨と赤筋がみられた。 円口類では特異的に分化した筋肉系と軟骨系が呼吸運動に関与しており、また血洞系がその運動の円滑な遂行に、一種の液体骨格として重要な役割を果していると推定された。しかしナメクジウオや軟骨魚類との比較から、血洞系の存在は円口類の共有派生形質とはみなせなかった。
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