研究概要 |
1)研究の経緯と方法:1970年代半ば以降、船舶の石油海上流出事故が日本沿岸・沖合域で多発するながで、事故に巻き込まれる海鳥の大量死が発生している。本研究では1986年島根沖の重油流出事故で大量死したウトウCerorhinca monocerataの胃・腸内容物のガスクロ分析実験を行い、その結果、彼らの死因が従来新聞等で報道されているように石油の取り込みによる中毒死ではないことが判明した。そのため、過去に他種の海鳥の栄養生態学的解析を行った経験(Oka&Maruyama 1985,岡 1986,Oka 1989)に基づいて、ウトウの栄養蓄積と消耗過程を分析し、彼らの死因を明かにし、種としての栄養生態学的特質を解明した。剖検と実験に供したウトウは、島根県沖石油流出事故による石油汚染死鳥、関東沿岸斃死鳥、北海道他羅網死鳥と北海道産雛である。主な分析部位及び項目は次のとうりである:体重と体乾重率・脂質含有率、脚・胸筋重量と乾重率・脂質含有率、皮下、腹腔内脂肪、腕骨・脚骨骨髄内脂質含有率、肝臓重量と脂質含有率、尾腺重量と脂質含有率。脂質抽出はエタノ-ル・ベンゼン(1:1)溶媒を用い、ソクスレ-法で行った。 2)得られた知見:石油汚染死個体は、すべての部位・項目で、いずれも極度な貧栄養状態にあり、関東沿岸での非人為衰弱死個体と同値であった。一方、漁網溺死個体では、各値は概ね高かったが、骨重量と筋肉重量の体全体に占める割合がとりわけ大きく、体脂質蓄積率・絶対量は低値にあった。これらの値が油汚染死鳥のみならず健康鳥でも低水準だったのは、本種が、1)潜水飛翔時の水圧に抵抗するためと、重い翼荷重のため空中飛翔時に強大な飛翔筋肉が必要とされ、筋肉重量が全体として増大し、その結果、他生活型の同体重海鳥(岡 1986)より脂質蓄積の相対量と絶対量を下げる、2)大型な胸骨による腹腔(脂質主要蓄積部位)容積規制、3)長距離渡りをしない、4)潜水能力が優れ、餌の追跡・捕獲が容易、という生活特質をもつことが理由に挙げられる。そのため彼らは、通常、脂質蓄積を抑制した栄養状態で生活していると考えられ、これらの要因が、ウトウの栄養生態を規定し、昨今多発する石油流出事故で油汚染されると、短期間のうちに貧栄養による衰弱死に至るものと結論付けられる。 また本種の雛でも、他生活型海鳥類の雛(岡 1986)のそれに比較し脂質蓄積量が著しく少なかった。この傾向は、若齢期のみならず、巣立ち期にも顕著にみられた。巣立ち時の本部位は、〓蹠骨長を除いた全ての値で、成鳥比の15〜70%減と小さかった。雛の脂質蓄積量が少ないのは、親鳥の給餌物が低脂質性であること、また、体部位が成鳥と比べ概ね小さかったのは、彼らの潜水索餌力が優れているか、巣立ち後も親鳥の養育投資が継続されるかのどちらかであることによる、と考えられる。
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