ヒト歯牙の自然蛍光を指標として、老化現象など人間の生理状況を検知することを本研究(2年計画)の最終目標としている。昨年度来、歯牙蛍光の基礎デ-タを得るため、専用の顕微蛍光測定装置の開発に着手した。これまでの蛍光組織化学研究では蛍光強度とスペクトルの測定以外なされていなかった。しかし本研究では蛍光寿命や蛍光異方度測定が重要であると考え、ナノ秒域動的蛍光が検出可能なマルチ測光システムを試作した。歯牙切片の蛍光励起スペクトルピ-クは330nmにあり、窒素放電発光波長に合致することから、空気放電を利用した高安定な高速励起用光源の試作を2年間継続した結果、発光半値幅0.9ns、繰り返し7kHzの光源製作に成功した。測定時間分解能は10psであり、蛍光減衰波形にたいし装置関数のデコンボル-ションをほどこすことで、高精度の時間分解蛍光測定を可能とした。本装置による測定の結果、エナメルの蛍光はデンチン蛍光に比べ蛍光強度、蛍光異方度が共に小さく(異方度ーエナメル:0.05、デンチン:0.15)、平均蛍光寿命が20%短くなった(エナメル:3.0ns、デンチン:3.7ns)。エナメルのこれらの値は歯牙の主成分である燐酸アパタイトに酷似している。デンチン各部位において蛍光異方度は歯冠部で小さく歯根部で大きくなったが、蛍光寿命特性に差はなかった。蛍光分子配列の規則性の差異がこのような蛍光異方度の特徴的な変化となって現れているものと思われる。若年から老年にわたる多数の歯牙切片を試作装置によって測定した結果、増齢によって歯牙のデンチン蛍光が変化することを見いだした。蛍光強度は増齢とともに増加する。蛍光寿命は反対に減少する。以上からこれら歯牙の蛍光特性変化の変化を利用して年齢が推定できるとの結論を得た。また古代人歯牙(弥生期)の蛍光を現代歯牙蛍光と比較した結果、古代歯の年代推定に蛍光が有用であるとの確証を得た。
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