鶏精子の温度による不動化現象の機構については、不明な点が多い。本研究は、この不動化現象を分子レベルにおいて解明するため、異なった温度条件下で、鶏精子の滑り運動と代謝量との関係について検討したものである。さらに除膜モデルを用い、、精子鞭毛の運動発現及び停止機構に及ぼす温度の影響についても合わせて追究した。その結果、40℃における鶏精子の運動停止に細胞膜は関与しておらず、鞭毛のダイニンATPase活性の低下によって引き起こされいることが示唆された。また、Ca^<2+>などの運動促進物質は、鞭毛軸糸に直接作用するのではなく、除膜によって溶出される物質を介して効果を示すものと考えられた。さらに、鶏精子はNH_4Clなどの1価の塩化物を添加することによって、鞭毛のダイニンATPase活性が促進され、40℃においても不動化を起こさず、運動が発現できることが明らかになった。精子の細胞内PHと運動との関係についてみると、40℃における細胞内PHの低下が可逆的不動化に関与している可能性が示唆された。また、細胞内PHの上昇による不動化の抑制は、除膜によって取り除かれる物質を介して作用するものと考えられた。一方、テトラフェニ-ルボロンを添加することによって、40℃以外の温度域でも可逆的な不動化を起こすことが明らかになったが、この作用機構は、温度による不動化とは異なり、精子の細胞膜に作用し、最終的にはサイクリックAMPの合成を阻害することによって引き起こされるものと推察された。最後に、鶏の雄性生殖道内精子の運動抑制と射出後の運動発現が温度によって影響を受けるか否かを検討したところ、鶏精子は精巣においてすでに運動能を獲得しているが、運動能を獲得した精子でも、温度による可逆的な不動化によって雄性生殖道内では運動を停止していると推察された。また、射精の際の運動の発現には温度変化が重要な要因になっていると考えられた。
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