ネズミ糞線虫(S.rと略)の分化発育は、第一期幼虫(L_1)の段階で温度や栄養条件などの環境因子の影響を受けることが従来知られていた。我々は、リノ-ル酸(C_<18:2>)、リノレン酸(C_<18:3>)などの必須不飽和脂肪酸を添加してL_1を培養すると、量に応じて感染型第三期幼虫が増加することを見出した。これは化合物レベルでS.rの分化発育に影響する因子を特定した最初の知見である(Minematsu et al.1989)。このメカニズムを調べるためS.rの各ステ-ジにおける脂質含量の分析を行なった。培養によって得たL_1ラブジナス型雌(F)、ラブジナス型雄(M)、感染型第三期幼虫(L_3)をショ糖密度遠心法などにより分離し、各々から脂質を抽出し、薄層クロマトとガスクロマトにより分析した。上記虫体の構成脂肪酸を比較すると、L_1から発育しF、M及びL_3に分化するに伴なってポリエン酸の含有率に著明な変化が起こっていた。すなわちL_1ではC_<18:2>が多いが発育に伴なって1/2以下に減少した。各虫体はいずれもC_<20:2>、C_<20:3>、C_<20:4>を比較的多く含んでいることから、発育に伴ないC_<18:2>からエイコサポリエン酸(C_<20:3>)とアラキドン酸(C_<20:4>)が生合成されることが予想された。又、W-3系列のポリエン酸であるエイコサペンタエン酸(C_<20:5>)はL_1発育に伴なって急激に増加していた。L_3とFの間でC_<20:5>/C_<18:3>を比べるとL_3の値が有意に高く、Fに比べC_<20:5>生合成はより活発であると考えられた。他方、F、M、L_3はともに極性脂質としてホスファチジルコリンとホスファチジルエタノ-ルアミンを多く含んでいた。エイコサポリエン酸は、生体内で多様な生理活性を示すエイコサノイド(プロスタグランディン、ロイコトリエンなどの前駆体)である。本研究は、S.r.L_1の分化発育のモ-ドを決める上でのエイコサポリエン酸の重要性を明らかにした。
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