研究は年度の進行にともない、その重点をイノシト-ルリン脂質とジアシルグリセロ-ルから、ホスファチジン酸(PA)に移してきた。ホスファチジン酸は細胞の刺激受容時にホスホリパ-ゼCが活性化されるイノシト-ルリン脂質代謝系およびホスホリパ-ゼDが活性化される伝達機構のいずれにおいても重要な役割を果たしている。最終年度は、この方針をさらに進め、生理的な条件下で負電荷をもつホスファチジン酸が生体膜においてタンパク質とどのような静電相互作用をしているか、また、細胞内カチオンにより、どのような膜内分布を誘導されるかを解明することを研究の目的とした。 示差走査熱量測定から、膜タンパク質のモデルとして導入した陽イオン性ペプチドのポリリジンは、従来、主張されていたようなホスファチジン酸に対する1対1の化学量論はもっておらず、この静電相互作用は、むしろ、ナトリウムイオンと類似したものであった。X線回折測定からは、さらに、ポリリジンは膜内の脂質分子の充填密度を変化させず、カルシウムイオンの作用とは明らかに異なることが示された。シンクロトロン放射光X線のデ-タの解析を進め、仮定したポリリジン/DPPA膜モデルの電子密度分布と比較することで、膜構造の詳細な検討を行った。その結果、極めて妥当なポリリジン/DPPA膜の構造を得ることができた。この結果は、生体膜において表在性タンパク質が酸性リン脂質と相互作用する基本的な様式に有用な知見を与えるものである。一方、高感度示差走査微少熱量計(DSC)を用いて、ホスファチジン酸がカルシウムイオンの影響下に脂質膜内でどのような分布をとるかを検索した。その結果、ホスファチジン酸は他のリン脂質分子種の中にあって、カルシウムイオンにより完全な分離領域を形成することはなく、微少領域として残ることが示された。これは生体膜の微細構造と膜機能の関連を解明するための重要な知見である。
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