研究概要 |
酵素反応は基質・酵素複合体を経由して進行し,極めて高い選択性を実現している。本研究では,環状のオリゴ糖であるシクロデキストリンが種々の基質と複合体を形成することに着目し,基質との複合体の構造を制御することにより,酵素反応と類似の高選択性を実現することを目指した。今年度は,シクロデキストリンとリボ核酸(RNA)との複合体の構造を,金属イオン添加により制御することにより,RNAを極めて高い位置選択性で開裂することに成功した。 我々がすでに明らかにしたように,RNAの加水分解の中間体であるアデノシン2',3'環状リン酸の開裂を,β-シクロデキストリンの存在下で行なうと,P-O(3')結合が選択的に開裂し,71%の選択性でアデノシン2'ーリン酸が生成する。それに対し,βーシクロデキストリンの不存下では,アデノシン3'ーリン酸の副生が優勢であり選択性は38%にすぎない。今回,β-シクロデキストリン触媒系にさらにアルカリ金属イオンを加えることにより,選択性が一層向上することを見出した。Na^+,K^+,Rb^+,Cs^+を加えた場合の選択性は,それぞれ82,88,85,85%である。さらに,β-シクロデキストリンと金属イオンの共存下における反応速度は,それぞれが単独に存在する場合の値の和よりも相当に大きい。すなわち,β-シクロデキストリンと金属イオンとの協同触媒作用により,選択性,反応速度の両者が顕著に増加する。 β-シクロデキストリン,金属イオン,ならびにアデノシン環状リン酸より構成される複合体では,金属イオンがβ-シクロデキストリンの二級水酸基に配位し,さらにこの金属イオンに環状リン酸のリン酸基が配位する。こうしてP-O(2')結合とP-O(3')結合の間の化学環境に大きな差異が生じる結果,後者が選択的に開裂する。
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